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『只者』——何者でもない一日を、12の歌で生き直す

特別な出来事は、ひとつもない。だから、どの曲も、昨日の自分の話に聴こえる。

2024年6月26日、『Singing Bird』から10年ぶりに届いた、稲葉浩志6作目のソロアルバム『只者』。オリコン週間アルバムランキングの1位は、ソロ作として1作目『マグマ』から6作連続となった。

タイトルの「只者」とは、何者でもない、ひとりの人間のこと。本人は「クリエイターとしては自分のことを普通だなといつも思う」と語り、「僕は決して特別ではありません。それは正直な気持ちです」とも言っている。

その言葉の通り、この12曲に、英雄も奇跡も出てこない。別の人生を妄想しては、眠気に負ける夜。記念写真の前髪を乱す、いたずらな風。会えない恋人の、電話越しの息づかい。氷が溶けるだけの、なんでもない宴。寝る前の、ココアの香り。歌われているのは、誰の生活にもある場面ばかりだ。

けれど、この声で歌われると、その小さな場面が、途方もなく大きなものに見えてくる。大きな言葉を、小さなもので証明していく——それがこのアルバムの、いちばんの魅力だと思う。

1曲目は「眠気が襲う」夜に始まり、最終曲は「さあ一口すすったらねむろう」で閉じる。ひとりの只者の一日を、12の歌で生き直すようなアルバムだ。

何者にもなれなかった気がする夜に、最初から最後まで通して聴いてほしい。何者でもないまま生きることの、こんなにも豊かな歌い方を、この一枚は教えてくれる。

Release:2024.06.26

※本記事では、稲葉浩志のアルバム『只者』に収録された各楽曲について、歌詞の一部を引用しながら、その表現やメッセージについて考察しています。引用にあたっては、著作権法第32条に基づき、正当な範囲での引用を行っております。

【もどかしい】×『ブラックホール』

声だけが、ぽつりと響く。

「暗闇を見つめた 穴があくほど」——少し遠くから聴こえてくるようなその独唱が終わった瞬間、待ち構えていたように、荒々しいロックサウンドがなだれ込んでくる。

10年ぶりのソロアルバム『只者』の幕開けは、華やかなファンファーレではなく、暗闇をひとりで見つめる声から始まるのだ。

歌われるのは、「これとは違う人生」への尽きない妄想。開幕曲でありながら、その視線はどこまでも外ではなく、自分の内側へと向かっていく。

内省的な歌詞を、豪快なロックサウンドが力ずくで押し進めていく1曲目。別の人生を想像しては、結局いつもの布団で眠りにつく——そんな夜を知っている人にこそ聴いてほしい、荒々しくも優しいロックナンバーだ。

「何にでもなれたはずなんだよ」——迷子の夜の、いちばん正直な過ごし方

「穴があくほど見つめる」という言い回しがあるが、この曲では、その喩えが本当に起きてしまう。

暗闇を見つめた
穴があくほど

この歌の主人公は、暗闇を見つめすぎて、本当に穴をあけてしまったのだろう。

見つめすぎた暗闇にあいた穴。それがこの曲の「ブラックホール」だ。

冒頭、この2行は声だけで歌われる。少し遠くから響くようなアレンジが、深夜のひとりの部屋のような距離感を作っている。

歌い出しの主人公は、「これとは違う人生」をあれやこれやと妄想している。けれど行き着くのは「結局別の人生なんてない」といういつも通りの結論で、その先に襲ってくるのは、絶望ではなく眠気だ。

この生活感が絶妙だろう。落ち込みというものは、たいてい劇的な顔をしていない。

「出られない」と力強く伸びていく歌声を合図に、曲はサビへ。ざらついたギターと、うねる力強いリズムが、聴き手ごとブラックホールへ引き込んでいく。

ここで思い出したいのは、主人公が出られないでいるのが「居心地いい場所」だということ。

光さえ逃さないブラックホールの重力。その正体は、恐怖ではなく居心地の良さだ。出られないのは、閉じ込められているからではなく、そこがぬるくて、心地いいからだろう。

2番のAメロからは、歌声にコーラスが重なり、その想いの味わいを深めていく。その声で歌われるのが、この曲でいちばん率直な告白だ。

本当のところ私は
何にでもなれたはずなんだよ
ただ迷子になったそれだけのこと

自分の可能性そのものは、否定していない。ただ、現在地を「迷子」と呼ぶだけ。

「それだけのこと」という言い方の軽さが、強がりのようにも、本心のようにも聴こえてくる。

そしてサビへ。「嘆きの発作にまた酔っぱらう」——「また」の一語がにじませる常習性。

嘆きに「酔う」と言えてしまうあたり、主人公は自己憐憫の気持ちよさを、ちゃんと知っている人だ。この自己観察の鋭さこそ、この曲の色気だと思う。

「そこが私の行き先」と歌い終えると、音がふっと軽くなる。クリーントーンのギター、抑えられたリズム、メロディを奏でるベース、そしてハミング。

荒い息が枯れたあとの、発作が過ぎ去ったあとの静けさ。その静けさの中で主人公が探しているのは「あなた」だ。暗闇の底にいるのは、自分だけではないらしい。

そしてラスサビ。「暗闇をずっと見つめた 穴があくほど」——冒頭とほぼ同じ言葉が、「ずっと」の一語だけを加えて、ギターの音だけにのせて静かに歌い直される。

見つめた時間は、曲の始まりよりも長く、深くなっている。

ハウリングの音とシンバルがふっとテンションを高め、そこから一気に音が爆発する。

囁きが聞こえて
答えなど探すなという
暗闇は自分の中
それを抱きしめた
うずき出すこころ

答えを探すことを、やめる。暗闇を、自分の一部として抱きしめる。それは解決ではないのだろう。

けれど、最後に置かれた言葉は「うずき出すこころ」。抱きしめた瞬間、心は止まるのではなく、動き出すのだ。

歌い終わったあと、ギターがそれまでになかったリフを刻み始め、シャウトを合図に、バンド全体の音が爆発する。

曲中に一度もなかった音が、最後の最後に動き出す。このアウトロは、うずき出したこころの音そのものだろう。

だからメロディを聴かせるソロではなく、ただ荒々しい音が弾ける。うずきに、まだ形はないのだ。

そして曲は、その音が弾けている真っ最中に、すっと終わる。気がつけば、聴いているこちらのこころまで、うずき出している。

稲葉浩志はこの曲について、暗めに響くけれどネガティブには捉えていない、暗闇でも徹底的に見つめるしかない、という主旨を語っている。「この曲には自分が出ている」——それが、アルバムの1曲目に置いた理由なのだという。

『ブラックホール』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、「これとは違う人生」を想像しては、いつも通りの朝を迎えている人だろう。

居心地のいい場所から出られない自分に、ため息をついたことのある人。その暗闇は、無理に消さなくていい。穴があくほど見つめて、抱きしめてしまえばいい。

この曲はそのことを、理屈ではなく轟音で教えてくれる。10年ぶりのアルバム『只者』は、ここから始まる。

ビズくん
ビズくん
暗闇を見つめてるとさ、なんであんなことしたんだろうって記憶が急に飛んでくるんだよな。とりあえず布団の中で足バタバタして耐えてる。あれを抱きしめられる日は、まだ来てない😇

【やる気がある】×『Starchaser』

ドドドドと、ベースが低くリズムを刻んでいる。その上を伸びのあるクリーントーンのギターがゆったりと流れ、キーボードの音が空間を満たしていく。

東京シティ競馬(TCK)の2024年度CMイメージソングとして書き下ろされた、疾走のロックナンバー。

ダートを駆ける馬のための曲のはずが、歌い出しの主人公は、まだ走っていない。立ち止まって、夜空の光を見上げている。

そこから曲は、一段ずつギアを上げていく。ゆっくり歩き出し、小走りになり、サビで一気に風を切る。この加速こそが、この曲の快感だ。

このごろ胸が高鳴っていないな——そう気づいてしまった朝にこそ流してほしい、じわじわ加速していく応援歌だ。

「僕はまだ星追う者のひとり」——歳を重ねた胸に、もう一度風を吹かせる歌

主人公が見上げているのは、こんな光だ。

薄い闇に煌めく
数え切れぬ光の粒
なんかくすぐる
それは燃え尽きてしまった
遠く儚い夢だろうか
自分に問う

星の光は、はるか昔に燃え尽きた星からも届き続ける。いま見えているこのきらめきは、とっくに死んだ夢の残光なのだろうか——歌はそんな問いから始まる。

それでも「なんかくすぐる」。この口語の生々しさがいい。理屈の前に、胸がまだ反応してしまっているのだ。

歌声はゆっくり、優しく。そして「それは燃え尽きてしまった〜」のあたりから、ダウンミュートのギターがザクザクと刻み始める。くすぐられた胸が、ざわつき出す音のようだ。

「期待に応えられず忘れられるのは怖いかい」「無邪気な衝動みたいなやつは どこかでまだ燃えてるかい」——問いは二人称で畳みかけてくる。

稲葉浩志は、砂塵を舞い上げてダートを疾駆する馬の映像を見て、「おまえはまだこの意気で走れんのか?」と自問しながらこの曲を作ったという。歌詞のこの問いかけは、その自問がそのまま歌の話法になったものだろう。

ドラムが入り、ギターが弾け、歌声が力強さを増して、曲はサビへなだれ込む。

A-ha ガガガッと大地を蹴って
駆けてみればほらもう風が吹くだろう
泣くな、どんな運勢だとしても
僕はまだ星追う者のひとり

「ガガガッ」は、蹄の音だ。そして「駆けてみればほらもう風が吹く」——風が吹いたら走るのではない。走れば、風は勝手に吹く。この順番のひっくり返しが、この曲のいちばん親切なところだと思う。

爽快なサウンドと歌声が、聴き手の胸を駆け抜けていく。

2番では、ドラムが最初から力強くビートを刻む。一度走り出した曲は、もう止まらないのだ。

その疾走に乗せて歌われるのは、大人の毎日の手ざわりだ。世の中に流れてくるのは気の滅入る話ばかりで、気を抜けば簡単にそちらへ引きずられていく。失っていくものを数え始めたら、きりがない。

それでも、負けることにだけは、いつまでも慣れない。「いくつになろうと 負けは辛い」——歳を取れば平気になる、というのは嘘なのだと、この歌は先に認めてしまう。

励ましの前に、まず痛みを認める。この順番があるから、そのあとの言葉が軽く聞こえないのだろう。

そのすぐあとに、こんな一節が続く。

死にものぐるいの匂いがすれば
チャンスは嗅ぎつけてくれるだろ

匂いは、出そうとして出せるものではない。本気で走っている人から、勝手ににじみ出てしまうものだ。

だから、こちらのやることはひとつだけになる。チャンスを探し回ることではなく、嘘のない死にものぐるいで走っていること。あとは向こうが、勝手に見つけてくれる。

これは、「駆けてみればほらもう風が吹くだろう」と同じ形をしている。風も、チャンスも、追いかけるものではなく、走っていれば向こうから来るもの。この歌で追いかけていいのは、星だけなのだろう。

そしてブリッジ。爽快なロックサウンドの真ん中で、この曲の核心が歌われる。

冴えない自分にその目を凝らしてみて
意外にも絶望の正体は
ちっぽけで笑えるかもよ

絶望は、見つめないから大きく見える。目を凝らした先に本当にあるのは、「痛いほどきらめいてるパッション」なのだと、この歌は続けていく。

失速しないままラスサビへ。「ガガガッ」と「バババッ」が揃い踏みになり、そして大事な一語が入れ替わる——「泣くな、どんな運勢だとしても」が、「泣くな、どんなエンディングだとしても」に。

その日のレースの運から、人生の結末へ。最後の最後で歌のスケールが一気に広がる。どんな結末が待っていようと、追いかけているあいだは、星追う者のひとりでいられるのだ。

「だからさLet’s go」と力強く言い放つと、イントロと同じメロディが、バンド全体の力強いロックサウンドで戻ってくる。冒頭で立ち止まって見上げていた景色を、今度は走りながら見ている。

最後はキーボードの音だけが残り、曲は静かに終わっていく。夜のダートに、星はきらめいたままだ。

『Starchaser』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、胸の高鳴りをしばらく感じていない人だろう。

「もう若くないから」が、言い訳の定位置になりはじめた人。夢を追うことに、うっすら照れが出てきた人。この曲は、そんな聴き手を「星追う者」の列に、あっさり戻してくれる。

走れば、風は吹く。まずはこの曲で、その風を感じてみてほしい。

私がいま追ってる星は、コンビニの新作スイーツです🍮 発売日の朝はガガガッと大地を蹴って買いに走ってるから、これも立派な星追う者だよね!
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【当惑する】×『Stray Hearts』

ギターのリフが、ひとつだけ鳴っている。マイナー調の、どこか暗い響き。そこへバンド全体が合流し、キーボードが同じメロディをなぞりながら、空間を静かに満たしていく。

セックスレスに悩む夫婦たちのすれ違いを描いたドラマ『あなたがしてくれなくても』のために書き下ろされ、2023年に配信シングルとして先行リリースされた主題歌だ。

タイトルのStray Heartsは、「迷える心」の複数形。迷っているのは、ひとりではない。愛し合っているはずなのに、すれ違ってしまうふたりの歌である。

大切な人と、うまく話せないまま眠った夜に聴いてほしい。「まだ間に合う」と、そっと手を引いてくれるラブソングだ。

「まだ間に合う きっと間に合う」——すれ違いは、終わりの合図ではないと教えてくれる歌

歌は、帰り道の風景から始まる。

BGMが響き渡る黄昏の駅
どこにも欲しいものはない

夕暮れの駅に、誰のためでもない音楽が流れている。「どこにも欲しいものはない」——行き交う人も、光る看板も、何を見ても心が動かない。すれ違いに疲れた心の、正直な温度だろう。

駅は本来、「どこへでも行ける場所」だ。現にまわりでは、「ここじゃない場所」を求めて旅立つ人たちの足音が鳴っている。その足音を「背に」——つまり彼らとは反対の方向へ、主人公は歩き出す。

向かう先は、あの人の待つ家。しかも「帰ろう」と、自分に言い聞かせるような言い方で。逃げ道がいくらでも並んでいる場所で、帰る改札を選ぶ——この小さな決意から、歌は始まっているのだろう。

稲葉浩志は、ドラマの「登場人物たちの心の彷徨を歌にできたら」と思いこの曲を作ったと語っている。迷える心が複数形なのは、そのためだ。

そうして帰った家で待っているのは、しかし、こんな距離だ。

息遣いはすぐそばに
聞こえるのに触れられない
指先を伸ばすほどに
その背中遠く

息遣いが聞こえる距離にいるのに、触れられない。いちばん近くにいる人が、いちばん遠い。

しかも「伸ばすほどに」遠くなる。焦って距離を詰めようとするほど、相手の背中は逃げていく——すれ違いの渦中にいる人なら、この逆説に覚えがあるはずだ。

歌声とサウンドは、少しずつ力強さを増していく。「その背中遠く」と歌ったあと、言葉にならない声がひとつ漏れて、その切実さのまま曲はサビへ入っていく。

教えてあとどのくらい
迷える心抱え歩く
My baby don’t you
My baby don’t you sigh
夢中でもがいてる
いつまでも一緒にいたい
思いは同じはずなのに
ただ少し もう少し ほんの少し
ねえあとどのくらい?

ここでコードは、マイナーからメジャーへと転じる。サビで歌われているのが、すれ違いの迷いではなく、「いつまでも一緒にいたい」という願いの方だからだろう。

思いは同じはずなのに、届かない。しかもその距離は、少し、もう少し、ほんの少し——と三度も言い直されるほど小さい。小さいのに埋まらないのが、すれ違いの正体だろう。

キーボードが空間を大きく満たし、コーラスが言葉に厚みを加えていく。

2番に入ると、すれ違いの影が少し濃くなる。ふと心を持っていかれそうになる相手が、現れてしまうのだ。

鋭いのは、その相手が「自分に似てる」誰かだということ。惹かれているのは新しい恋というより、わかってほしい自分自身の映し姿なのだろう。だから主人公は、鏡の前で戸惑うことになる。

このままでいいのか、それとも駄目なのか。心は行ったり来たりを繰り返すばかりで、この「解けることないなぞなぞ」に答えは出ない。それでも窓には陽がさして、ふたりの日常がまた始まっていく。

そしてこの曲は、その解けないなぞなぞに、言葉ではない解き方を用意している。

どちらからともなく
手を繋ぎ抱き寄せる
雑なくらいの愛の仕草
それでいい それがいい あなたがいい

「雑」という言葉が、こんなに温かく使われる歌を他に知らない。照れ混じりの、ぎこちないくらいの仕草こそが、本物の証なのだ。

続く「それでいい それがいい あなたがいい」は、妥協から、好みへ、そして選択へ——三段で気持ちが上がっていく、この曲でいちばん美しい行だと思う。

2番のサビが「どのくらい?」と終わると、音がふっと軽くなる。アコースティックギターとキーボードの優しい響きの中、「風に舞う花びら香る」の一行が、本当に風に運ばれてきたかのように、ゆっくりと歌われる。

その一行を境に、サウンドは再び力強く鳴り出し、Oh Oh Oh…という声だけの歌が間奏いっぱいに響き続ける。嘆きではない、力強い声だ。言葉にできなくても、想いは確かに鳴る。

間奏の最後、ダ、ダ、ダ、ダ、ダと迫力あるリズムが刻まれ、曲は壮大なラスサビへ駆け込んでいく。

そのラスサビでは、サビの英語の行が静かに入れ替わっている。「don’t you sigh(ため息をつかないで)」「don’t you cry(泣かないで)」と続いてきた懇願が、最後だけ「won’t you smile(微笑んでくれないか)」——マイナスを止める願いから、プラスを望む願いへ。

そこで歌われるのは、すれ違っても振り返って笑い合えた、という思い出だ。その場面を「ふたりとも」覚えている——思いは同じはずなのに重ならなかったふたりが、記憶の中でだけは、ぴったり重なっている。だから「まだ間に合う」と言い切れるのだろう。

そして「ぎゅっと抱き合う」。問いと願いを重ねるばかりだったこの歌で、ふたりが実際に動くのは、ここが最初で最後だ。

「あとどのくらい」の答えは、最後まで出ない。それでも、抱き合うことはできる。

アウトロでは、イントロと同じリフが、迫力あるドラムを従えて戻ってくる。すれ違いの日常は続いていく——ただ、その足取りは少しだけ強い。最後はリフに合わせて、ゆっくりと、きれいに演奏が終わる。

この曲はTHE FIRST TAKEでも披露されている。一発録りで歌われるもうひとつの「Stray Hearts」も、ぜひ確かめてみてほしい。

『Stray Hearts』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大切な人とのすれ違いの、まさに途中にいる人だろう。

言いたいことがうまく言えないまま、隣で眠る夜がある人。この歌は、すれ違いを終わりの合図として歌わない。「まだ間に合う」と歌う。

完璧な言葉はいらない。雑なくらいの仕草でいい。その優しい許しを、切実な歌声で受け取ってほしい。

ビズくん
ビズくん
切ないな〜。ちなみに俺は、まずは出会いから。ねえ、あとどのくらい?😇

 

 

【感動する】×『我が魂の羅針』

アコースティックギターの静かな響きに、Ooh, ooh-ooh-ooh-oohと、言葉を持たないコーラスが寄り添っていく。そこへバンドが加わり、マイナー調のオルガンが鳴り始めると、音の景色は一気に奥行きを増す。祈りの場所に足を踏み入れたような、深く、壮大な入り口だ。

歌われるのは、ともに時間を駆け抜けた「君」への想い。季節が世界をあっけなく変えてしまっても、君だけは今も、私の魂の進む方角を指している——という歌である。

大切な人が、そばにいなくなってからも聴いてほしい。その人にもらったものは、まだ自分の中で温かい。そう気づかせてくれる、静かで大きな一曲だ。

「確かなその温もり 今もこの手に残り」——いなくなった人が、今も指してくれる方角

この曲の冒頭は、ふたりの声でできている。

私を忘れないで
それがただ一つのhope
あなたの幸せをただ願う

君を忘れはしない
繋がれた記憶のrope
嵐の中もう迷ったりしない

前の3行は、去っていく側の言葉。後の3行は、残される側の答え。hopeとropeで韻を踏みながら、別れの場面がふたつの声で描かれる。

歌い出しは、ピアノの音色だけを伴って静かに始まる。「君を忘れはしない」からアコースティックギターが重なり、少しずつ音の温度が上がっていく。

そのアコースティックギターは、稲葉浩志本人が弾いている。

そしてサビ。オルガンの響きとコーラスが一気に厚みを加え、その上で歌声が、胸の奥から絞り出すような切実さで響く。静かに始まった歌が、ここで初めて感情をあらわにする瞬間だ。

僕らだけが駆け抜けた道程は
鮮やかに香るよ
今も君は我が魂の羅針

季節は、世界を簡単に塗り替えていく。けれど、ふたりだけで駆け抜けた道のりは、色褪せるどころか今も「鮮やかに香る」。「鮮やかに」を力強く歌い、「香るよ」でふっとファルセットになる歌声が、その記憶の手ざわりを描いていく。

そして「今も君は我が魂の羅針」。羅針とは、進む方角を指すもの。「今も」の一語に、君がもうそばにいないことが、静かに含まれている。

稲葉浩志はこの曲について、「身を捩らせるような壮大な夢を見終わった後に感じる、体に残った熱、胸を疼かせる寂寥の感」を込めたと語っている。夢は終わった。けれど熱は、体に残っている。

2番、「街に歌は流れて 窓に灯りがともり」——息を呑むような物語から一転、ここは日常の風景だ。ひとりで歩くこの足取りが「どこへ続く」のか、主人公にはまだわからない。

そしてこの2番から、ドラム、ベース、エレキギターが加わり、サウンドは力強く歩き出す。「歩いてゆくこの足取り」という言葉と同時に、この曲で初めてリズムが生まれるのだ。

このドラムを叩いているのは、Mr.Childrenの鈴木英哉。2023年のソロライブでサポートを務めた鈴木のプレイを間近で見た稲葉浩志が、レコーディングへの参加を直接オファーしたのだという。稲葉浩志は「ドラムに歌心がすごくある」と評し、彼がドラムでなかったらこの曲はまた違う響き方をしていたと思う、とまで語っている。

歌詞が「足取り」を語る場面でそっと歩き出すこのドラムを聴けば、その言葉の意味がわかるはずだ。

「我が魂の羅針」と2番を歌い終えると、ギターソロがそっと鳴り出す。少しだけ歪んだクリーントーンの、伸びのある高音が、胸を静かに刺激する。

そしてラスサビ。前半はアコースティックギターとピアノを中心にした優しい響きに切り替わり、ベースのメロディが足元をそっと照らす。1番で「そっと燃え」ていた物語の熱は、2番で「柔らかな陽射し」になり、ここでは「じんわり溶ける」——この静かなパートは、その熱が溶けていく音そのものだろう。

僕の世界を救ってくれた人よ
痛いほど消えないfire
導いてくれ
我が魂の羅針

ここから再びバンドサウンドが戻り、力強いドラムがこの壮大なバラードを押し上げていく。

冒頭でhopeとropeが韻を踏んでいたのを覚えているだろうか。あなたの幸せを願う気持ちと、繋がれた記憶——君からもらったふたつの言葉に、最後にfireが加わる。

そのfireは「痛いほど消えない」。もう会えない寂しさと、君がくれた熱が、胸の同じ場所で疼いているのだ。消えてくれた方が楽なのかもしれない。それでも主人公は「導いてくれ」と、いなくなった人に願う。

痛みごと抱えて、その火を羅針にする。この曲は、そういう歌なのだと思う。

歌い終えると、イントロのメロディが戻ってくる。今度は力強いドラムを伴い、オルガンが奏でていた旋律を、エレキギターがより鮮明にかたちづくる。

そして最後に、これまで一度も出てこなかった新しいメロディで、この歌はエピローグを歌う。

剣は鞘に戻り
永遠の静かな眠り
確かなその温もり
今もこの手に残り
それはずっとそれはずっと

剣は鞘に戻り、あの日々は永遠の静かな眠りについた。それでも、この手に残った温もりだけは、確かに今もここにある。

優しく、なにかを確かめるような、芯のある歌声。「それはずっと」を重ねて歌い終えると、オルガンの音が余韻を残しながら、静かに消えていく。

『我が魂の羅針』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大切な人と、離れて生きている人だろう。

その人が教えてくれたこと、その人と駆け抜けた時間。季節が世界を変えても、それだけは色褪せずに残っている。この歌は、その温もりを「羅針」と呼ぶ。

いなくなった人は、今も自分の進む方角を指してくれている。そう思えたなら、嵐の中でも、もう迷わずに歩いていける。

私の魂の羅針は、いつも駅前のケーキ屋さんの方角を指してます🧭 嵐の中でも迷わない!🍰✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【生き生きとした】×『VIVA!』

「1、2、3……」。稲葉浩志自身のカウントを合図に、爽快なバンドサウンドが走り出す。

VIVAとは、「万歳」を意味する言葉。もとは『長く生きますように』という祝福の言葉だ。それだけ聞くと派手なお祭りソングを想像するかもしれないが、この曲が祝っているのは、もっと小さくて、もっと近いものだ。

レコードに針を落として、陽が沈む前からゆるく踊る。氷が溶けるだけの、ごくありふれた夜。この曲は、そんな夜を祝ってしまう歌である。

祝うような出来事なんて何もない——そんな毎日を送っている人にこそ聴いてほしい。祝う理由は待っていても来ないのだと、軽やかに教えてくれるロックナンバーだ。

「いつだって今日が最後の日だと思って」——なんでもない夜が、宴に変わる瞬間

歌は、こんな場面から始まる。

レコードに針を落とし
ゆるく踊ろうか
陽が沈む前でもit’s alright
君の目も潤んじゃう
かつて愛した流行歌
束の間のこの世に喝采

弾んだ歌声が、情景を描き出していく。夜になるのを待たず、どこかへ出かけるでもなく、家でレコードをかけてゆるく踊る。お祭りらしいものは何ひとつないところで、この曲の宴は始まるのだ。

流れているのは「かつて愛した流行歌」。人の記憶と音楽は結びついているから、その一曲で君の目は潤んでしまう。いいことも、そうでないことも、いま思えばみんな束の間だった。だから、その束の間に喝采を送る。

「ろくなニュースがないのは 今も昔も似たようなもの」——昔を美化しない、この乾いた正直さがいい。世の中は今も昔もたいして変わらないのだから、嘆いていても始まらないのだ。

そしてサビ。歌声はいっそう力強さを増し、まるでトンネルを抜けたあとに降り注ぐ光のように、メッセージを照らし出していく。

トンネルを潜り抜け
僕らは僕らの
歓びを掴み取るだけ
思ってるよりもずっと
僕らは輝ける
カーテンの奥隠れてるjoy
隕石が落ちようともVIVA!
構わない

長いトンネルの先で僕らが取り戻すのは、誰かに与えられる幸せではなく、自分たちの歓びだ。

歓びは、消えたのではない。カーテンの奥に隠れて、見えなくなっているだけだ。ろくなニュースばかりの毎日に埋もれて、いつのまにか自分で覆いをかけてしまっただけなのだろう。

だからカーテンを開ければ、それはまだそこにある。「思ってるよりもずっと僕らは輝ける」とは、そういうことだと思う。

「隕石が落ちようとも」——この大袈裟な仮定に、この曲のユーモアがある。「VIVA!」の一語にはコーラスがしっかりとかかり、まるで喝采のような力強さで響く。

2番に入ると、音がふっと薄くなる。アコースティックギターとハイハットが、最小限のリズムを刻むだけ。

さっき入れたばっかの氷もう見当たんない
飲んでも飲んでもいえない渇き

グラスの中を覗き込むような静けさの中で歌われるのは、氷が溶けるほど時間が経ってしまったこと、そして飲んでも癒えない渇きだ。この宴の底には、酒では埋まらない何かがちゃんとある。

続く「時間はなんぼでもあるしね」で、バンドサウンドが戻ってくる。店はもうどこも閉まっていて、この夜は外へは続かない。

けれどそれを嘆きの種にはせず、時間ならいくらでもあるのだと、砕けた口調で言ってのける。行き場のなさが、そのまま「今夜はゆっくりできる」に変わるのだ。

2番のサビが終わると、明るいサウンドが広がっていく。エレクトリックピアノが彩りを添え、キーはメジャーへ。サビの終わりは毎回マイナーに戻っていくのに、このブリッジだけは、そのまま明るい響きの中に入っていくのだ。

後ろは振り返らない
明日を待ちわびる余裕もない
いつだって今日が
最後の日だと思って
君のこと抱きしめる

「今日が最後の日」——言葉だけ見れば、切迫した一節だ。けれどこの曲は、その一節をあえて明るい響きの中に置き、ゆっくりと、優しく、しっかりとした歌声で歌う。最後の日だと思うことを、恐れではなく、宴として歌っているのだ。

今日を最後だと思えたなら、なんでもない夜も、大切な人を抱きしめる夜になる。

「君のこと抱きしめる」と伸びのある声で歌い上げ、ラスサビへ。小節の頭ごとに力強くリズムを打ち込み、「流れる汗も眩しく」からは再び爽快なサビのサウンドで駆け抜けていく。

人生には終わりがあるから、「1秒ごとに尊いライフ」。そのことに焦りはなく、この曲は最後まで生き生きと歌われる。

そして3度目の締めくくり。「隕石が落ちようともVIVA!構わない」「抱き合えば何もかもがVIVA!止まらない」、そしてここでは「いつ何が起ころうともVIVA!終わらない」。開き直りから始まって、熱を上げ、最後は言い切る。「VIVA!」で打ち上げて終わるのではなく、そのあとに続く言葉の方が、一回ごとに強くなっていく。

アウトロでは、トゥルトゥル…というコーラスが鳴り続ける中を、ギターソロが伸びやかに駆けていく。祝いの熱は、まだ冷めていない。

最後にはコーラスの声だけが残る。言葉ではない、ただの声。レコードの針が静かに上がるような幕切れだ。

『VIVA!』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、祝う理由なんて何もない毎日を送っている人だろう。

特別な日を待っていても、それはなかなか来ない。だったら、レコードに針を落として、今夜のうちに祝ってしまえばいい。今日が最後の日だと思った瞬間に、氷が溶けるだけの夜が、宴に変わる。

日常に魔法をかける方法を、この4分半が教えてくれる。

ビズくん
ビズくん
VIVA!って思ってコンビニで一番高いビールを2本買った!翌日は発泡酒にしました。人生は続く😭

【興奮状態】×『NOW』

地鳴りのようなシンセの音が、じわじわと押し寄せてくる。まだ何も始まっていないのに、足元がもう揺れている。

稲葉浩志本人が出演したReebokのCMソングにも起用された一曲だ。ソロ名義では初のCM出演で、映っているのは、コラボシューズを履いてライブさながらに歌う姿。商品を語るのではなく、ただ歌う——この曲には、それが似合う。

歌われるのは、「NOW」=今、ただそれだけだ。触れたいのも、変えたいのも、逃げていくのも、おびえるのも、ぜんぶ今。3分19秒のあいだ、この曲は「今とは何か」を、ひたすら数え上げていく。

やりたいことを、つい明日に回してしまった夜に聴いてほしい。今この瞬間の値打ちを、理屈ではなく体温で思い出させてくれる、疾走のロックナンバーだ。

「この声が消え去るまで歌う」——今この瞬間を、誰にも奪わせないための歌

歌は、目覚めの瞬間から始まる。

目覚めればそれは
もう戻らない愛しい瞬間
灼けるDaylight 甘いTwilight
いくつ越えてきたんだろ

目が覚めた、その瞬間にはもう、今は過去になっている。しかも歌詞はそれを、「もう戻らない」と言いながら「愛しい」と呼ぶ。

二度と戻らないからこそ愛しいのだと、この歌は最初の一行で決めてしまうのだ。

焼けつくような昼と、甘い夕暮れ。そのどれもが一度きりで、それをいくつ越えてきたのか、もう数えきれない。数えきれないほどの「もう戻らない瞬間」を、僕らは毎日、通り過ぎている。

地鳴りの上で、歌声は静かに始まる。ギターが小さく重なり、別のシンセが小気味よくリズムを刻み始めて、テンションは少しずつ上がっていく。

君に会えてさ
良かったんだとわかる
誰か言ってよ まだ遅くはないって

君に会えて良かったのだと、いまになって「わかる」。大切なものの値打ちに気づくのは、いつだって少し遅い。だから主人公は、誰かに言ってほしいのだ。その気づきは、まだ手遅れではないと。

そして「まだ遅くはないって」——その言葉と同時に、ベースとドラムが鳴り始める。遅くはないと口にした瞬間に、この曲は動き出すのだ。

かすかな「ラララ…」が聴こえて、次の瞬間、サビでいきなり最高潮に達する。

目の前に光るのがNOW
君に死ぬほど触れたいのはNOW
何かを変えたいのはNOW
そこに手を伸ばせるのはNOW

エネルギッシュなサウンドの中で、エレキギターが歌声とまったく同じメロディをずっとなぞり、歌の輪郭を二重に縁取っていく。

サビはNOWの定義をひとつずつ積み上げていくが、1番にあるのは、触れたい、変えたい、手を伸ばせる——どれも前へ向かう言葉だ。

2番のAメロからは、ベースとドラムが力強くリズムを刻み、歌声のあとをかすかなコーラスが後追いで重ねていく。

歌われるのは、何事もない一日のありがたさを、その日々が続いているあいだは忘れてしまう、ということ。忘れていられること自体が、平和の証なのだ。

そして自信は「何となく」揺らぐ。その漠然とした不安のなかで、いるかどうかもわからない神様に、いるはずだろ、と念を押す。祈りではなく、確認。この砕けた口調が、この曲の切実さの正体だと思う。

稲葉浩志はこの曲について、曲自体は昔からあったが、歌詞はロシアのウクライナ侵攻を受けて書いたと語っている。徴兵されていく人々を見て「明日何があるかわからないな」と強く思い、「NOWという現在がいかに全てであるか」を言葉にしたかったのだという。

「飛び交う流れ星 ひび割れる町 震える手を握りしめて」——この一節が戦禍の風景を思わせるのは、そのためだろう。

2番のサビでは、「愛に打ちのめされる」「与えられた命こそ」「あっちゅうまに逃げてく」のがNOW。1番で前へ向かっていた言葉が、ここでは打ちのめされ、与えられ、逃げていく。NOWとは、掴むものであると同時に、掴みきれないものでもあるのだ。

ブリッジで、サウンドはエネルギーを溜め込むように抑えられる。アコースティックギターとかすかなエレキ、静かに刻むドラム。その中で、動きのあるベースがはっきりと浮かび上がる。

なぜそうしたんだろ
なぜそうしなかったんだろう
無数の悔いを飲み込んで
記憶の群れを薙ぎ倒して
時は濁流となる

自分をじっくりと見つめる歌声が、歌詞が進むごとに、じわり、じわりと熱を上げていく。

なぜそうしたのか、なぜそうしなかったのか。答えの出ない問いは、消せないから飲み込むしかない。そうして飲み込んだ悔いと、押しのけてきた記憶が、ぜんぶ混ざって流れ出す。それが「時は濁流となる」ということなのだろう。

時間とは、きれいに流れる川ではなく、悔いも記憶も巻き込んで押し流していく、濁った激流なのだ。

「記憶の群れを」からドラムが力を増し、歌声のエネルギーは頂点へ。「濁流となる」——その一語を引き伸ばし、シャウトが炸裂する。抑えに抑えたブリッジの熱が、ここで一気に決壊する。

「yeah」と叫んで、ギターソロへ。サビのメロディをなぞりながら、徐々に荒々しく変化していき、シンセも激しく点滅しながらラスサビへ突入する。

3度目のサビは、「おびえて戸惑うのがNOW」「明日のためにあるのがNOW」。おびえも、戸惑いも、今。そして今は、明日のためにある。触れたい、打ちのめされる、おびえる——12個の定義を積み上げてきたこの曲は、最後に「明日のため」という言葉にたどり着く。

厚みを増したコーラスが、最後のメッセージを彩っていく。

誰にも絶対奪わせない
この声が消え去るまで歌う

「奪わせない」——明日何があるかわからない世界で、それでも奪わせないものがある。それは、この声だ。

そしてサウンドがパッと止まり、最後は「歌う」という一語だけが、稲葉浩志の声だけで残る。

声が消え去るまで歌う——そう歌った直後に、本当に声ひとつが残る。バンドの音がすべて消えても、声だけは消えていない。言葉の通りに、この曲は終わっていく。

『NOW』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大切なことを、つい後回しにしてしまう人だろう。

会いたい人に会うのも、変えたいことを変えるのも、いつかではなく今しかない。それは知っている。知っているのに、明日があると思ってしまう。この曲は、その「明日」を3分19秒で取り上げてしまう。

奪わせないものが、あなたにもあるはずだ。それを思い出す時間として、この曲を聴いてほしい。

「何かを変えたいのはNOW」で思い立って、部屋の模様替えをしました!今、ベッドが玄関にあります🛏️✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【がっかりする】×『空夢』

ピアノの音色が、優しく鳴っている。そこへアコースティックギターが重なり、ゆっくりと歌が始まる。

アルバムでいちばん長い、5分47秒の壮大なバラードだ。「空夢(そらゆめ)」とは、見ても現実にはならない夢のこと。この曲では、3つの夢が語られ、そして3回、目が覚める。

夢の中の自分は、自由で、勇敢で、大切なものを守れる。目が覚めた自分は、そのどれでもない。この曲は、その落差をごまかさずに歌う。

理想の自分と今日の自分の距離に、ため息をつきたくなる夜に聴いてほしい。あなたが見た夢は、空しくなんかなかったと、そっと言い直してくれるバラードだ。

「少しずつでいい 新しい自分になってみたいよ」——3つの夢と、3回の目覚めの果てに残るもの

ひとつめの夢は、こんな夢だ。

夢を見た
高い崖から飛び降り
風の中 空を舞う
人々の歓声が心地よかった
何処でも行けると気付いた

飛ぶこと、歓声を浴びること、どこへでも行けること——自由と、承認と、万能感。誰もが一度は見たことのある、いちばん気持ちのいい種類の夢だ。

そして目が覚める。「背中の羽根は無い いっさい何処にもたどり着いてはいない」。ピアノとアコースティックギターだけの静かな響きの上で、歌声には切実さと悲しみが乗り始める。

目覚めた主人公の口から、こぼれ落ちるのはこんな言葉だ。

こんな空しい夢なら目を閉じない方がマシです
こんな壮大な夢から突き落とされるのはもうイヤなんです
ため息ひとつも漏らせないまま
窓を眺める

「もうイヤなんです」——その一言と同時に、サウンドは壮大なバラードへと一変する。ドラムが力強くリズムを刻み、ストリングスの響きが、目覚めた現実を深く浮かび上がらせていく。

「なにも見ない方がマシ」「もうイヤ」——1番のサビにあるのは、拒絶の言葉だけだ。願いはまだ、ひとつもない。ため息すら漏らせず、ただ窓を眺めるだけ。

ふたつめの夢では、すべてを捨てて「見知らぬ国の最前線」に立ち、仲間を励まし、敵に向かって突き進む。

リズム隊が夢の足元を支え、ストリングスがその夢を壮大に彩る。ひとつめの夢が自分ひとりの自由だったのに対し、ここでは仲間がいて、守るべき陣地がある。

そして目が覚める。

目が覚めれば 掠り傷さえ無い
小さい自尊心捨てる勇気もない

掠り傷ひとつないのは、戦っていない証拠だ。しかも夢の中では「すべてを捨てていた」のに、現実では「小さい自尊心」ひとつ捨てられない。この曲でいちばん痛い対比だと思う。

2番のサビの冒頭で、サウンドはまた抑えられる。小節の頭にだけ音が鳴り、ストリングスは消えている。「こんな空しい夢ならなにも見ない方がマシです」——本気でそう思っている一瞬の静けさだ。

けれど「暗闇をさまよう方がマシです」の「マシです」と同時に、サウンドは再び壮大に展開する。そしてこの2番で初めて、願いの言葉が現れる。

少しずつでいい
新しい自分になってみたいよ

ため息すら漏らせなかった主人公が、2番でようやく「〜てみたいよ」と口にする。壮大な夢を見た果ての願いとしては、あまりに小さい。けれど、この歌が初めて未来に向けた言葉が、これなのだ。

そこからサウンドはさらに壮大になり、ストリングスが力強さを増し、伸びのあるギターソロに、言葉にならない力強いシャウトが重なる。「なってみたいよ」と、ためらいがちに願った直後に出る、言葉を超えた声。「みたいよ」という控えめな語尾の裏に、これだけの熱があったのだ。

みっつめの夢。サウンドは再びピアノだけに戻り、ひとつめの夢と同じ静かな始まりを迎える。愛するものを守るため、なりふり構わず叫び、涙を流しながら言葉を尽くす夢だ。

そして「守るため」——その一語のあとに、ドラムが力強くリズムを刻み始め、動きのあるベースが臨場感を増していく。ピアノだけで始まった夢が、その途中で動き出す。守りたいという想いだけは、夢の中でもう、体を動かしているようだ。

目が覚めれば 体はどんより
涙の痕 それだけがある

3回目の目覚めに残っているのは、涙の痕だけ。ここからストリングスが加わり、ラスサビは頭から壮大なサウンドで描かれていく。もう、感情を抑えない。

「新しい自分になってみたいよ」——2番ではためらいがちだったその願いが、今度は力強く美しい歌声で、どこまでも伸びていく。3回目の目覚めで、この人はもう、願うことをためらわない。

その伸びきった声を引き継ぐように、エモーショナルなギターソロが鳴り始める。言葉が届かなくなった先を、ギターが歌い続けていく。

自己嫌悪の歌に聴こえるかもしれない。けれど考えてみれば、飛びたい、守りたい、闘いたいという想いがなければ、こんな夢はそもそも見ない。羽根も掠り傷も残らなかったが、涙の痕だけは、頬に残っている。その涙だけは、本物なのだ。

稲葉浩志によれば、この曲は2012年に徳永暁人とともに制作され、ほぼ完成していたものを、今回キーを変え、コードを変え、アレンジし直したのだという。10年以上、眠っていた夢の歌だ。

最後は、ピアノの音だけが静かに鳴って終わる。冒頭と同じピアノの音色に戻って——夢から覚める瞬間のように、そっと。

『空夢』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、なりたい自分になれないまま、今日も目が覚めた人だろう。

夢の中の自分と、現実の自分。その距離に、ため息をつきたくなる夜がある。けれど、その夢を見てしまうこと自体が、想いがまだ生きている証拠だ。羽根がなくても、掠り傷がなくても、涙は嘘をつかない。

変わり方は、少しずつでいい。この壮大なバラードは、そのいちばん小さな一歩を、いちばん大きな音で受け止めてくれる。

ビズくん
ビズくん
夢の中では告白してOKもらったのに、目が覚めたら連絡先すら交換してなかった。掠り傷どころか、進展さえ無い😇

【興奮した】×『Chateau Blanc』

軽快な8ビートのドラムに、「hey」という合図。その一声で、ピアノがマイナーな響きのリフを刻み始める。フュージョンのようなノリに、ベースとギターが合流し、クラップの音がテンションを押し上げていく。

Chateau Blancとは、フランス語で「白い城」。ただし舞台は、豪華な城ではない。鍵をかけた、自分たちのキッチンだ。

稲葉浩志によれば、この曲のモチーフは「カップルのケンカ」だという。服も躊躇いも記憶も捨てて、ふたりで世界を締め出す。ぶつかり合うことと、愛し合うことが、同じ密室で起きている歌である。

大切な人と、うまくやることばかり覚えてしまった人に聴いてほしい。本気でぶつかることは、こんなにも自由なのだと思い出させてくれる、大人の色気をまとったロックナンバーだ。

「真理の渦へとダイヴ」——世界を締め出したキッチンが、宇宙の果てになる

歌は、待ち合わせの約束から始まる。

キッチンで待ち合わせよう
ガッチリカギかけよう
朝とか昼とか夜とかなくそう
洋服は捨てちまおう
躊躇いを覆い隠そう
記憶は全部ここに置いていこう

「〜よう」が、6回続く。同じ家に住むふたりが、家の中で待ち合わせる。鍵をかけ、時間をなくし、服を捨て、記憶まで置いていく——世界を締め出すための手順が、誘いの形で並んでいく。

静かに歌われるこのAメロの下では、余白のあるベースがドクドクと脈打つようにうねり、アームで音程を揺らしたギターが、部屋の空気を張り詰めさせている。マイナーな響きの、密室の緊張感だ。

白い城に響くのは
あなたの無防備な声

ここで曲は、メジャーへと転じる。

「無防備な声」は、ケンカの本音の声でもあり、愛の声でもある。どちらにせよ、取り繕うことをやめた声だ。ふたりだけの城に響くその声とともに、コーラスが加わり、音は一気に明るくなる。

世界を締め出したはずの密室が、閉じることで、いちばん開放的な場所になる瞬間だ。

僕ら今
世界から切り離され
宇宙の果てを漂って
光と闇に飲み込まれ
真理の渦へとダイヴ

開放的なサウンドと歌声が響き渡る。キッチンという、生活のいちばん生活らしい小さな場所が、宇宙の果てという最大の空間へ反転する——この曲でいちばん美しい仕掛けだと思う。

「真理の渦」とは何だろう。服も躊躇いも記憶も置いてきたふたりに、もう隠すものは残っていない。取り繕う言葉が尽きた先で、ようやく口から出てくるのは、本当は何が嫌だったのか、本当はどうしてほしかったのか——ふたりの本音そのものだ。

それが渦と呼ばれているのは、たぶん、きれいに整った答えではないからだろう。怒りも、欲も、甘えも、まとめて巻き込みながら回っている。そこへ「ダイヴ」する声は、力強く伸びていく。

間奏では、ピアノがジャズのようなソロを聴かせる。大人の密室の匂いだ。

2番は、命令形で書かれている。1番の「〜よう」という誘いが、ここでは「〜なさい」と、背中を押す言い方に変わるのだ。そして並んでいる動詞は〜床を鳴らす、壁にぶつかる、罪を告白する、惜しまず叫ぶ——まさしくケンカの動作だ。けれどそれを、この歌はけしかける。

我慢するな、取り繕うな、歪んでいい。ぶつかることを、まるごと肯定していく。

歌声は、聴き手の心をゆっくり解放していくように、説得力を持って誘いかけてくる。

2番のサビの「ダイヴ」と同時に、ギターソロが飛び込んでくる。マイナーで妖艶なその音がひとしきり深みを作ったあと、ピアノソロへと展開し、コーラスが重なって解放感を高めていく。

そしてラスサビで、景色が変わる。

僕ら今
怖くない寂しくもない
無風の海に浮かんで
熱に浮かれ祈りも忘れ
真理の渦へとダイヴ

宇宙の果てを漂っていたふたりが、今度は「無風の海」に浮かんでいる。嵐が過ぎた後の凪だ。ぶつかり合ったあとに残るのは、「怖くない寂しくもない」という、いちばんシンプルな安心。

爽快なサウンドが駆け抜けて、そして「真理の渦へと」——その瞬間、すべての音が止む。

無音の中に、「ダイヴ」の歌声が飛び込んでくる。そして「ヴ」の音とほぼ同時に、演奏が一気に戻ってくる。

歌詞が3回繰り返してきた「ダイヴ」を、最後の一回だけ、音が本当に実演する。声が無音へ飛び込み、着水と同時に音が弾ける。そのままイントロのリフが戻り、流れるようなメロディがそっと鳴って、曲は終わる。

『Chateau Blanc』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大切な人と本気でぶつかることを、しばらく避けている人だろう。

角を立てないこと、うまくやること。それを覚えるほどに、人は取り繕うのがうまくなる。この曲は、その逆をやれと言う。鍵をかけて、世界を締め出して、無防備な声を出せ。ぶつかった先にしか、真理はない。

軽快なリズムに乗って、その勇気を、するりと渡してくれる一曲だ。

私、ケンカのあとって謝るタイミングがわからなくて、いつも「お茶いる?」で仲直りしてます。これも真理の渦へのダイヴってことでいいよね?🍵✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【ありがたい】×『シャッター』

キーボードだろうか、柔らかな音色が、ゆっくりと優しいメロディをなぞっていく。まだ誰も口を開いていない、晴れの日の朝のような始まりだ。そこへアコースティックギターが重なり、タンバリンがそっと、歩幅を確かめるように静かなリズムを刻み始める。

この曲は、稲葉浩志が春のある日、たまたま通りかかった小さな専門学校の入学式で、校門の前で記念写真を撮る母娘を見かけたことから生まれたのだという。元々は別のタイトルと歌詞を持っていた曲が、その場面によって、まったく別の歌になった。

歌われるのは、門出の日の「私」から、見送ってくれる「あなた」への言葉。ずっと言えなかった「ごめんね」と「ありがとう」を、晴れの日にだけ、するりと口にできる——そういう歌である。

送り出された日のことを、あるいは送り出した日のことを、しばらく思い出していない人に聴いてほしい。もらったものの大きさに、あらためて気づかせてくれる、春の日差しのようなバラードだ。

「いろいろごめんね、ありがとう」——写真には写らない、門出の日の胸の内

歌は、風のいたずらから始まる。

乱暴な風が急に
せっかくの前髪を
乱しては消えてゆく
仕方ない苦笑い

せっかく整えた前髪を、風がぐしゃぐしゃにして去っていく。撮り直せばいいのに、この歌の「私」は苦笑いで済ませてしまう。

完璧な一枚より、その日の風ごと写った一枚。あとで見返したとき、幸せが写っているのは、たいていそういう写真だ。

アコースティックギターだけの静かな伴奏の上で、歌声が優しく情景を浮かび上がらせていく。

シャッターお願いします
眩しさも忘れて
並んでレンズを見る
お互い恥じらい

「シャッターお願いします」——誰かに声をかけた瞬間、バンドが優しく鳴り始める。ドラムとベースが、散歩の足取りのようなリズムをそっと刻み、イントロのキーボードが戻ってくる。

並んでレンズを見る、母と娘。ここで「お互い」恥じらっているのがいい。恥ずかしいのは娘だけではなく、母も同じなのだ。

毎日顔を合わせてきた相手と、あらたまって肩を並べ、同じ一点を見つめる。家族というのは、いちばん近いのに、いちばん正面から向き合う機会のない間柄だろう。レンズの前でふたり揃って照れてしまうのは、その近さの裏返しだ。恥じらいは、仲の良さの証拠なのだと思う。

そして、この曲の核心へ。

わがままだった私も
ようやく辿り着いた
胸を張りたいよこの晴れの日は
いろいろごめんね、ありがとう

「わがままだった私も」——ここでキーがメジャーに変わり、春の柔らかな日差しがサウンドに差し込んでくる。自分がわがままだったと、認められる日が来た。それが「辿り着いた」ということなのだろう。

そして「いろいろごめんね、ありがとう」——感情のこもったその歌声とともに、この曲で初めて、ストリングスが鳴り始める。

「ごめんね」と「ありがとう」を、同じ一息で言う。どちらも、普段は照れくさくて口にできない言葉だ。それが言えてしまうのは、今日が特別な日だからだろう。

ひとつの区切りを迎えた日には、いつもの照れが、少しだけ弱くなる。「いろいろ」の一語に、言い尽くせない全部を預けて——いちばん言いにくい言葉に、この曲はいちばん美しい音を重ねているのだ。

サビでは、ドラムがしっかりとリズムを刻み始め、ストリングスの響きと歌声が胸に染みわたる。

泣くこともある
悔やむこともあるでしょう
でもこれは私の選んだ道だから
心配はしないで

「でしょう」——泣くことも悔やむことも、先回りして自分で認めてしまう。そのうえで「私の選んだ道」だと言う。「私の」をファルセットで歌う声が、この宣言に、強がりではない柔らかさを与えている。

2番、「今頃友達も 日差しに目を細め 写真を撮ってるかな」——同じ日に、同じ空の下で、あちこちで撮られている写真。この一節があるおかげで、この歌は入学式にも、卒業式にも、結婚式にも、誰の晴れの日にも重なるようになる。ドラムとベースが動きを増し、サウンドに躍動感が生まれていく。

そしてストリングスが厚みを増す中で、「私」の視線は、見送ってくれる人の側へ回り込む。

自分のために差し伸べられてきた手が、どれだけ温かかったか。自分のせいで眠れなかった夜が、どれだけあったか。

それは今はまだ、ぼんやりとしかわからない。けれど「これからもっとわかるから」——見送られる側が、いつか見送る側になる。その予感が、この歌を門出の一日だけの歌ではないものにしている。

どんな未来にする
どうやってあなたに返そう
もらいっぱなしの愛情
もっと優しく膨らませたい

もらいっぱなしの愛情を、どうやって返そう。その答えが「もっと優しく膨らませたい」だ。返すのではなく、もらったものをもっと優しくして、次へ渡していく。愛情は、そうやって膨らんでいくものなのだろう。

「膨らませたい」の歌声を引き継ぐように、エモーショナルなギターソロが、その想いに熱を加えていく。

ブリッジで、サウンドはふわっと静かになる。ストリングスの響きを軸に、他の楽器はそっと鳴るだけ。晴れの日だからといって不安が消えるわけではなく、心に影が差す瞬間はこれからもいくらでもある。けれどそれは「みんな同じ」なのだと、この歌は静かに認める。

そこから徐々に音と歌声が盛り上がり、だからこそ「今日の喜びだけは忘れない」と、感情のこもった声が響き渡る。不安はいつでも来る。でも、あなたがいてくれた今日だけは、手放さない。

そしてラスサビ。

たとえ全てが変わっても
私たちはいつまでも私たちのままで

1番では「これは私の選んだ道だから 心配はしないで」と、自分の道を宣言していた。ラスサビでは、その言葉が「私たち」に変わる。全てが変わっても、私たちは私たちのまま——ひとりの門出の歌が、最後は、ふたりの関係の歌として閉じられるのだ。

アウトロは、イントロと同じキーボードの柔らかなメロディ。アコースティックギターに、静かなエレキギター。最後はストリングスの余韻を残して、そっと終わる。

記念写真に写るのは、並んで恥じらう姿だけだ。この胸の内は、どんなカメラにも写らない。けれどこの曲には、それが写っている。

『シャッター』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、誰かに送り出してもらった日のことを、しばらく思い出していない人だろう。

自分がどれだけの愛情をもらってここまで来たか。それは、もらっている最中には気づけない。少し離れて、少し大人になって、ようやくわかる。この曲は、そのことに気づく瞬間の胸の内を、そのまま音にしている。

もらいっぱなしの愛情を、どう膨らませて渡していこうか。そう考え始めた人にこそ、この一曲は染みるはずだ。

ビズくん
ビズくん
思春期、マジで毎朝30分くらい髪のセットに時間かけてたなー。で、駅までの風で全部リセット。仕方ない苦笑い😇

【ぞくぞくする】×『BANTAM』

歪みの効いたベースが、グリッサンドとともに無骨なリフを鳴らし始める。エッジの効いたドラム、ギターのカッティング——じわりじわりと迫ってくるそのサウンドは、開始数秒で胸をゾクゾクと刺激してくる。

2023年1月、ライブのステージ上でサプライズ初披露され、その翌日に配信されるという最速のリリースで届けられた先行シングルだ。

タイトルのBANTAMは、稲葉浩志の愛車のカスタムバイクの名前。バンタムとは小型のニワトリ(チャボ)の呼称で、そのバイクは「物静かさの中にある力強さ」をイメージして組まれたのだという。小さくても、静かでも、強い——この曲が歌うのは、まさにそれだ。

敵わない誰かの顔が、ちらついてしまう夜に聴いてほしい。悔しさごと連れて走り出す、痛快なロックナンバーである。

「この身の丈で戦う」——小さいまま、強くなるための歌

歌い出しから、この曲は飛ばしている。

痩せっぽちと
舐められようと
構わないゾクゾクするくらい

無理に自分をデカく見せるのは
つい最近やめたところですわ

舐められて構わない、どころか「ゾクゾクするくらい」。見くびられることを、これからひっくり返す楽しみとして味わっている。

そして「つい最近やめたところですわ」。ずっと前から、ではない。つい最近だ。この正直さが可笑しくて、憎めない。悟りきった達人の言葉ではないからこそ、自分にも真似できる気がしてくる。「ですわ」の飄々とした語尾が、深刻さを寄せつけない。

歌い出しの声は、張り上げない。低く、湿り気を帯びて、まとわりつくように歌う。抑えているのに、熱だけは逃げていない——「物静かさの中にある力強さ」というバイクのコンセプトを、そのまま声にしたような歌い方だ。

その下で鳴っているのは、躍動するベースラインと、エッジの効いたドラムだけの乾いたサウンド。

Bメロ。ここで、曲はメジャーに転じる。

天国あたりまで続いてる
階段探して駆けよう

エコーの効いた歌声とシンセ、アコースティックギターが、ふっと視界を広げていく。

見上げた先は、天国。どこまでも上だ。そしてそこへ続く階段は「続いてる」と、もう決めている。まだ見つけていなくても、道はある。探して、駆ける。痩せっぽちが見上げている高さは、誰にも舐められないほど高い。

そして、音が消える。「駆けよう」——その力強い声だけが胸を貫き、バスドラがドンと鳴る。最初の一歩の、足音のようだ。

追いすがれど 恋焦がれど
すり抜けてく夢の shape
問いかけれど 大いに叫べど
返事のない荒れ野に一歩 今一歩

サビでサウンドと歌声が一気に爆発する。ここで並んでいるのは、手を伸ばしても、願っても、声を上げても、何ひとつ返ってこない、という経験の数々だ。

そのことごとくが空振りだったと認めたうえで、最後に置かれるのが「一歩 今一歩」。報われなかったことを全部わかっている人の一歩だから、このサビはこんなに熱いのだと思う。

その歌声のうしろで、(追いすがれど)(恋焦がれど)と、コーラスが小さく後を追いかけてくる。返事のない荒れ野に向かって叫んだ声が、誰にも受け取られないまま、遠くからかすかに自分の元へ戻ってくる——返ってくるのは、自分の声だけ。そんな場面が、このアレンジから浮かび上がってくる。

2番では、かっこわるい感情が続けて差し出される。自分には敵わない才能を、指をくわえて眺めているしかない苛立ち。そして、自分だって替えのきかない人間だと思われたい、という願望。

嫉妬も承認欲求も、誰もが抱えていて、誰もなかなか口にしない。この曲はそれを、「思われたいじゃない」と、あっさり認めてしまう。

そのうえで、こう歌う。

この身の丈で戦う
損してるなんて もう思いません

身の丈のまま戦うことを、かつては損だと思っていた。自分を大きく見せた方が、得をする場面はたしかにある。実際より強く、実際より余裕があるふりをすれば、舐められずに済む。

けれど、それをやめた。知らないことを知っているふりをして、余裕がないのに余裕があるふりをして、そのたびに相手の顔色を確かめる。

大きく見せるというのは、そういう小さな無理の積み重ねで、気づけばそれだけで一日が終わっている。

その分の力を、戦う方に回した方がいい。ありのままの大きさで戦う方が、長く走れる。損をしていたのはむしろ、無理をしていた頃の方だった——この一節が言っているのは、そういうことだと思う。

間奏では、突き抜けるハイハットに合わせて、ベースが重く躍動するラインを刻み、エレキギターが同じラインをなぞっていく。その裏で、ノイズのようなギターソロが徐々に存在感を増してくる。リズムを刻む間隔は少しずつ短くなり、連続打ちになり——エンジンの回転が上がっていくように、最高潮でラスサビへなだれ込む。

追いすがれど 恋焦がれど
すり抜けてく夢の shape
足りないなら まだ錆びてないなら
千回でも繰り返せ 繰り返せ

サビは3回、後半の言葉が変わっていく。1番は「荒れ野に一歩 今一歩」。2番は「皆寝てる間に進め そう進め」。そしてラスサビは「千回でも繰り返せ 繰り返せ」。一歩から、前進へ、そして千回へ——歌が進むほど、歩幅が伸びていくのだ。

「錆びてない」は、バイクの語彙だろう。エンジンさえ錆びついていなければ、何度でもかかる。一度や二度の失敗で止まる理由はどこにもない。

「繰り返せ」と歌い終えると、アウトロはイントロのリフにNanana…というコーラスが重なり、最後はバシっと気持ちよく終わる。潔い幕切れまで含めて、痛快なロックナンバーだ。

『BANTAM』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、敵わない誰かと、自分を比べてしまう人だろう。

才能への嫉妬も、認められたい気持ちも、消しようがない。この曲はそれを消せとは言わない。抱えたまま、身の丈のまま、皆が寝ている間に一歩進めばいい。

錆びてさえいなければ、エンジンは千回でもかかる。あなたのBANTAMを、まだ止めるのは早い。

私も身の丈で戦ってます。主にスーパーで、お買い得品と🛒🥕🐟️✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【至福】×『気分はI am All Yours』

エレキギターだけが鳴っている。リズムを刻むカッティングを軸にしながら、その合間に短いメロディを差し込んでくる、聴いていて気持ちのいい音だ。爽やかで、優しい。その上に、歌声がそっと乗る。

タイトルは「気分はI am All Yours」——身も心も、全部あなたのもの。ずいぶん大きな宣言だ。ところが歌われているのは、電話の向こうの笑い声、漏れる息づかい、水を飲む音。大きな言葉を、小さな音で証明していく歌である。

「あなた」の姿は、最後まで見えない。聞こえてくるものだけで、恋人のすべてを受け取る。会えない夜の、長電話の歌だ。

会いたい人と、なかなか会えない日々を送っている人に聴いてほしい。声がひとつあれば、夜の闇まで好きになれる——そう思わせてくれる、端正で幸福なロックナンバーである。

「長い夜の闇を好きになれる」——声ひとつで、会えない夜まで愛せるようになる歌

電話の向こうで、あなたが笑う。

完璧な倍音で笑う
電話の向こうのあなた尊いね
退屈な奴のはずのぼくは
もしや話上手かもね

恋人の笑い声を「倍音」で褒める人が、他にいるだろうか。声を使って生きてきた人だからこそ出てくる、最高の褒め言葉だと思う。

そして「退屈な奴のはずのぼくは もしや話上手かもね」。あなたが笑ってくれるだけで、退屈なはずの自分が話上手に思えてくる。

誰かの前でだけ、何者でもない自分が特別になる——恋とは、そういうものなのだろう。

このAメロの伴奏は、ギター一本だけだ。電話の向こうの声に、ひとつだけ耳を澄ませるように。

そして「かもね」の声が伸びていくのに合わせて、バンドがぐっと鳴り始め、ドラムの力強いフィルからサビへと入っていく。

気分はI am All yours
この身も心もあなたへと
捧げましょう
クスッと漏れる息づかい
空も飛べる
Yes, I am all yours
長い夜の闇を好きになれる また会いましょう
後ほど夢で抱擁
I’m All yours All yours

「気分は」——これは誓いの言葉ではない。今この瞬間、あなたの笑い声を聞いて、身も心も全部あなたのものだという気分になっている。ただそれだけを、胸の中でそのままつぶやいている。一生の約束ではなく、今夜の気分。だからこんなに素直なのだろう。

「捧げましょう」も同じで、あらたまった宣言というより、浮かれた勢いでこぼれた言葉に聞こえる。幸せなときに人が思う、少し大きめの言葉だ。

そして、そんな気分になった理由が、そのすぐあとに書かれている。電話の向こうで、クスッと息が漏れた——それだけだ。たったそれだけの音で、空も飛べるほどの気分になっている。身も心もあなたのもの、という大きな気持ちと、その引き金になった小さな音。このサビは、その組み合わせでできている。

会えない夜は長い。けれど、あなたの声がひとつあれば、その闇まで好きになれてしまう。そして「後ほど夢で抱擁」——電話を切ったら、続きは夢で。会えない夜の過ごし方として、これ以上ないものだと思う。

2番では、ピアノが加わったバンドサウンドが、情景を華やかに描いていく。

濡れた髪をいじって
遊んでいると鼻歌まじり
バカなヘアスタイル
見えちゃいないけど
想像できるやっぱ見たい

聞こえてくるのは、鼻歌だけだ。その鼻歌から、風呂上がりの濡れた髪を指でいじりながら、くつろいで電話している姿が勝手に浮かんでくる。髪は乾かしかけで、たぶんぐしゃぐしゃ——「バカなヘアスタイル」。誰にも見られていない時間だから、そのままにしている。電話の向こうの、いちばん無防備な姿だ。

その姿は見えない。けれど、その人がどんなふうに髪をいじるかを知っているから、想像はできる。見えないものを想像できるのは、それだけよく見てきたからだ。

そして「やっぱ見たい」。声だけで空も飛べる、と言っていたはずが、最後に本音がこぼれる。歌声にも熱がこもっていく。

2番のサビで置かれる小さな音は、「ゴクンて水を飲み干す その喉を思う」。息づかいの次は、喉の音。電話越しに、相手の体の動きまで聴いている。

そして「静かな空を行き交う無数の声」。ふたりの電話は、夜空を飛び交う無数の電話のひとつでもある。同じ夜に、同じように、誰かの声に耳を澄ませている人が、空いっぱいにいる。その無数の声の中で、それでもこの一本だけは、まだ切りたくない——「もう寝たくないよ」と。

2番のサビが終わると、それまで鳴っていた楽器がすっと引く。残るのは、「Wow Oh…」と力強く重なるコーラスと、ドラムと、クラップの音だけ。声と手拍子が前に出てきて、視界がぱっと開けたような一瞬だ。そこへベースが高いところでリズムを刻み始め、ギターソロが飛び込んでくる。エモーショナルに、アグレッシブに、一気に気分を持っていく。

その流れのまま、ラスサビへ。3回目の小さな音は「今ちょっとあくびしたよね それもまたよき」。息づかい、喉、そしてあくび。相手が気づいてもいないような音まで、ぜんぶ喜んで聴いている。

サビの後半も、3回で少しずつ変わっている。1番は「後ほど夢で抱擁」。2番は「後ほどひとり朦朧」。そして3番は「切ない思いは膨張」。電話を切ったあと、夢で会えるはずだった夜が、ひとりでぼんやりする夜になり、思いだけが膨らんでいく。韻を踏みながら、至福の裏側にある切なさが、少しずつ顔を出す。

アウトロでは、エモーショナルなギターソロが余韻まで熱していく。そして最後は「I’m All yours All yours」——その歌声と同時に、曲はぴたりと終わる。余韻を引き延ばさず、言い切りの一言で幕を下ろす、潔い終わり方だ。

『気分はI am All Yours』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、会いたい人と、なかなか会えない日々を送っている人だろう。

この曲に、大げさな愛の言葉はひとつも出てこない。歌われるのは、笑い声やあくびのような、本人も気づいていないくらい小さな音ばかりだ。でも、自分のそんな音まで喜んで聴いてくれる人がいる——それ以上の愛され方が、あるだろうか。

距離は、愛情の邪魔ものではない。耳を澄ます理由になる。この曲を聴いたあとの電話では、きっと相手の声が、いつもより少しよく聴こえるはずだ。

ビズくん
ビズくん
俺だって毎晩、身も心も捧げてる相手いるからね😤 朝になっても離してくれなくて、マジで困ってる💦 布団が🛏

【疲れている】×『cocoa』

キーボードのような音が、薄く灯りをともすように鳴り始める。その中で、深く息を吸い込む音がして——長い、ため息。この曲の最初の声は、歌ではなく、ため息だ。

吐ききったところで、トラックがリズムを刻み始め、稲葉浩志本人の弾くアコースティックギターが鳴り出す。一日が終わったあとの、いちばん正直な呼吸から、この歌は始まる。

デモができたのは2004年。2010年のソロライブでは、終演後の退場曲として流れていた曲だ。それから20年、未発表のままだったこの曲を、アルバムの曲出しの席でスタッフが思い出し、稲葉浩志が歌い直して、最後の一曲に置いた。

歌われるのは、ウソだらけの世の中に疲れた夜。信用できるのはココアの香りだけで、それを一口すすって、眠る。ただそれだけの歌である。

ニュースを見て、何もできないまま一日を終えた夜に聴いてほしい。言葉より先に香りを信じて眠る、そのやり方をそっと教えてくれる、アルバムの幕引きだ。

「さあ一口すすったらねむろう」——ウソだらけの一日を、ココア一杯で閉じる歌

ため息のあとに、こんな言葉が続く。

わかんないことだらけ みんなウソつくから
でもその気持ちはわかる かく言う僕もかなりのイカサマ野郎なんです
あったかいココアのカップから 立ちのぼる香りが
今唯一信用できるものだ さあ一口すすったらねむろう

世の中はわからないことだらけで、みんなウソをつく。そう嘆いた直後に、でも自分もかなりのイカサマ野郎だ、と認めてしまう。世間を責める側に立ったつもりが、すぐに自分も同じ側だと気づく——この正直さが、この曲の入口だ。

少し気だるそうな歌声の後ろで、輪郭のはっきりしないシンセの鈍い音が鳴っている。「わかんないことだらけ」のモヤそのもののような音だ。そして「あったかいココアのカップから」でベースが加わり、一日の終わりの重さが、音に乗ってくる。

信用できるのは、誰の言葉でもなく、ココアの香り。言葉はウソをつくけれど、香りはウソをつかない。だから一口すすって、眠る。

何が本当で何がウソか、答えは出ていない。出ないまま、この歌は「ねむろう」と言う。解決しなくていい、今夜はもう考えなくていい——12曲を歌い終えたアルバムが最後に差し出すのは、答えではなく、「もう寝よう」のひとことだ。

なんにもしらないで 愛しあってら
ヒトはまだまだ謎だらけ
イイウソ ワルイウソ 僕に聞かせて
君の言葉ならいいよ

サビでキーはメジャーに転じ、それまで灰色だった情景に、そっと明かりが灯る。Aメロで世の中を眺めていた目が、ここで初めて、ひとりの相手の方を向く。

歌声にも少し力が入る。けれど「きかせて」はファルセットで、お願いするように優しく。そして「君の言葉ならいいよ」は、声を張らず、穏やかに。ウソを聞かせてほしいと頼む声と、それを受け入れる声。この二行だけ、歌い方が柔らかい。

世の中のウソにはうんざりしている。けれど、君のウソならいい。いいウソでも悪いウソでも、君の言葉なら聞かせてほしい——世間への冷めた目線の中で、相手への気持ちだけが本物として残っている。この曲の明かりは、そこにだけ灯る。

2番では、歌声が1番よりも臨場感を増し、本当につぶやいているかのように響く。歌われているのは、テレビの向こうの世界だ。

同じ出来事も、カメラの角度ひとつで正義と悪が入れ替わる。根拠の怪しい噂が先に走って、爆弾が落とされ、取り返しのつかないことが起きても、本当のことを言う人は現れない。見ていられないなら消せばいい、と主人公はつぶやく——これが2004年に書かれた歌詞だ。

稲葉浩志は、20年経ってまた歌おうと思ったということは「世の中が大して変わってないってことでしょうね」と語っている。20年前の「爆弾」が、今も落ちている。

2番のサビでは「殴りあってら」「野次馬たちは手をたたく」——愛しあっていた1番の景色が、殴りあいに変わる。そして君への言葉も、「僕に聞かせて」から「君が電話に出ないのはナゼ?」へ。ストリングスの響きが加わり、主人公の見つめる情景を鮮明に映し出していく。

ブリッジでコーラスが加わり、サウンドはゆっくりと壮大さを増していく。

真実はそこここに転がるのに
僕は素通り

真実は、そこらじゅうに転がっている。けれど自分は素通りする。大変なことが起きている現場と、それをテレビで俯瞰する人たち——その間にある葛藤を歌詞にした、と稲葉浩志は語っている。

主人公は、俯瞰する側にいる自分を隠さない。「素通り」と伸びのある歌声で歌い上げ、ラスサビへ。

3度目のサビで、景色は「愛しあってら」に戻り、君への言葉は「ねえ明日どっかで会おうよ」になる。——3回のサビで、君との距離が少しずつ縮まっていく。

知りたいくせに 怖くて聞けない
やけどしそうなホントの気持ち

時に甘ったるく 時に苦々しい
テーブルの上に置かれた真実

ラスサビのあと、囁くような歌声と爽やかなメロディで、主人公の本音が浮かび上がる。知りたいのは、君の本当の気持ちだ。けれど、怖くて聞けない。聞いてしまえば、やけどをするかもしれないから。

その真実は、遠くにあるのではない。テーブルの上に、置かれている。甘ったるくて、苦々しくて、まだ熱い——ココアのカップと同じ形で、手を伸ばせば届くところに。世の中の真実を素通りしてきた主人公は、目の前のこの一杯にも、まだ口をつけられずにいる。だから今夜は、香りだけを信じて眠るのだろう。

稲葉浩志は、この曲をまた歌う気になったことについて「自分はそんなに変わってないんだな」と思ったという。ただ、「もうちょっと気持ちは穏やかに唄えてるかもしれない」とも。

最後は「Uh..」というハミングを残して、アウトロへ。ストリングスの響きが、湯気をそっと浮かび上がらせるように広がって、曲はふっと終わる。言葉は消えて、香りだけが残る——そういう終わり方だ。

『cocoa』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、ニュースを見て、何もできない自分にため息をついたことのある人だろう。

世の中はウソだらけで、自分もそのひとり。何が本当かなんて、今夜は決められない。それでも、ココアの香りは信じられるし、君の言葉なら聞いてもいい。そのふたつがあれば、今日はもう眠れる。

アルバム『只者』は、こうして一日を閉じる。明日のことは、明日どっかで会ってから考えればいい。

世の中のことを毎晩猫に聞いてます。答えはだいたい『にゃー』。今のところ唯一信用できる意見です🐱
イカミミちゃん
イカミミちゃん

このアルバムを通して感じたこと

正直に言うと、10年ぶりのソロアルバムと聞いたとき、もっと大きな何かを期待していた。けれど届いたのは、電話越しの息づかいや、前髪を乱す風や、寝る前のココアの香りを歌った12曲だった。

最初は、拍子抜けした。でも聴き返すうちに、気づいた。ここで歌われている場面のほとんどを、自分も通ってきている。別の人生を妄想して眠れなかった夜も、誰かに嫉妬して黙り込んだ日も、会えない人の声だけで夜を乗り切ったことも。『只者』は、稲葉さんの日常の歌であると同時に、こちらの日常の歌でもあった。

稲葉さんは、自分のことを普通だといつも思う、と語っている。あのステージの上の人が、と最初は思う。でもこのアルバムを聴いていると、それは謙遜ではなく、本当にそう思って歌っているのだとわかってくる。だからこそ、去っていく人にも、門出の日の子どもにも、迷子になった自分にも、この人はなれるのだろう。

『cocoa』で稲葉さんは、20年経っても自分はそんなに変わっていない、と言っていた。変わらない、という言葉を、こんなに安心して聴いたのは初めてかもしれない。変われないことに、ずっと少しだけ引け目を感じていたから。

聴き終えて、夜に眠るとき、思う。明日もたぶん、特別なことは何も起きない。それでもこの12曲があれば、その一日を、ちゃんと生きられる気がする。

自分は普通の人間である。このアルバムは、それを欠点ではなく、ただの事実として受け取らせてくれる。普通のままでいい、と稲葉さんに言ってもらえた気がする一枚だ。

※本記事において引用している歌詞は、すべて稲葉浩志のアルバム『只者』に収録された楽曲からの一部抜粋です。著作権は各著作権者に帰属しており、当サイトは正当な引用のもとでこれを掲載しています。著作権に配慮して歌詞全文の掲載は行っておりません。