希望に満ちた

B’z 23rd Album Album『FYOP』全曲レビュー|自分を見失いそうな大人のための“情熱を取り戻す一枚”

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迷いも痛みも抱きしめて、“自分の情熱”と再び出会うアルバム

B’zの23枚目のオリジナルアルバム『FYOP』は、タイトルどおり “Follow Your Own Passion” を掲げながらも、単純なポジティブさに回収されないところが大きな魅力だ。

「情熱を持とう」と言うのは簡単だが、現実の毎日はそれほど単純ではない。SNSを開けば、他人の成功や充実した日々が際限なく流れてきて、自分のペースや価値を見失いそうになる。

迷走もするし、立ち止まりもするし、ときには自分を追い込みすぎてボロボロになることもある。『FYOP』は、そんな“いまの時代を生きるリアルな感情”を、きれいごとにせず正面から受け止めて、1枚のアルバムに閉じ込めている。

胸の奥を一気にギアアップさせるロックチューンがある一方で、自分の弱さや後悔と向き合わざるを得ないヘヴィなナンバーもある。他人のドラマに飲み込まれてしまう“濁流”のような感情を描いたかと思えば、波の音が聞こえてくるような静かな“青”に、そっと心を沈めてくれる曲もある。

サウンド面では、王道のB’zロックを軸にした“らしさ”をしっかり保ちながら、今のB’zだからこそ鳴らせる、成熟したグルーヴと音の厚みを味わえる一枚だ。

迷いも、後悔も、寄り道も、全部ひっくるめて自分の情熱の一部なのだと教えてくれる。そのうえで、「さあ、あなたはどんなペースで、その先へ進みたい?」と、静かに問いかけてくるアルバムでもある。

CDを手に取って、自分だけのペースで何度も聴き返してほしい。聴き込めば聴き込むほど、『FYOP』は“自分の情熱と再会するための一枚”として、じわじわと存在感を増していくはずだ。

Release:2025.11.12

本記事では、B’zのアルバム『FYOP』に収録された各楽曲について、歌詞の一部を引用しながら、その表現やメッセージについて考察しています。引用にあたっては、著作権法第32条に基づき、正当な範囲での引用を行っております。

表現される感情

【熱狂的】×『FMP』

『FMP』は、再生した瞬間に胸の奥が一段ギアアップするようなロックチューンだ。“王道B’zロックのカッコよさ”と“いまの時代に響く言葉”をどちらも持ち合わせている。

オープニングナンバーにふさわしく、イントロから一気に空気を塗り替える鮮烈な幕開けだ。

ぐっと踏み込むベースに、ほのかに電子音をまぶしたサウンドが重なり、そこへ松本孝弘の切れ味鋭いギターが鮮やかに飛び込んでくる。さらにドラムの力強さが胸を突き上げ、疾走感と重さが一気に押し寄せてくる。

ギターソロは、メロディを二段で畳みかける構成がとにかく心地いい。無駄をそぎ落としたフレーズの切れ味と艶やかさは、いまの松本孝弘にしか出せない“成熟した疾走感”そのものだ。

「Follow My Passion」

自分の情熱に従うという、あまりにシンプルだが忘れやすい真理を、迷いの多い時代にもう一度思い出させてくれる。

SNSでは他人の成果が簡単に比較できてしまい、自分のペースを見失うことも多い。そんな中でこの曲は、普通ならネガティブに扱われがちな“迷走”や“右往左往”すら肯定し、「それでも進めばいい」と力強く背中を押してくれる。

聴き終わるころには、胸の奥の迷いが少しだけ熱に変わり、もう一歩、自分の情熱に寄り添ってみたくなる――そんな力を持った特別なロックナンバーだ。

迷走も右往左往も、全てを“トレジャー”に変えてくれる

曲は、誰もが胸の奥に抱えている弱さをそっと掬い上げるところから幕を開ける。

がっかりさして 忘れられて迷子になる
でもさ自分の相場が 上がろうが下がろうが
好きでやるなら マイナスはない
なにもかもが眩いトレジャー

日常の小さな挫折が、わずかな言葉で驚くほどリアルに切り取られている。

そこから続くBメロで、世界がふっと反転する。自分の“相場”が上がったり下がったりすることなんて、この時代に生きていれば当たり前だ。

SNSの数字、仕事の評価、肩書き――比較ばかりの世界の中で揺れ動く心。そんな場所に向かって投げかけられる「マイナスじゃない」という一言が、他人の物差しに縛られていた気持ちをスッと解き放ってくれる。

そして最後に置かれる「眩いトレジャー」という光のような一行。がっかりも、忘れられることも、迷走も、全部ひっくるめて“宝物”だと言い切る視点に、この曲の核心が宿っている。

遠回りしてきた自分すら肯定してくれるようで、胸の奥がじんわりと温かくなる。

サビに入ると、曲は一気に核心へ踏み込む。

I follow my passion
どんな言葉よりそれしかないんよ
Why? 空想でいいんじゃん
青臭い思いパンパンに膨らます

「I follow my passion」は、ただのフレーズではなく、この曲全体を貫く合言葉だ。

理屈も飾りもいらない。“自分の情熱に従う”。そのまっすぐさだけで、心が前へと押し出される。

続く「それしかないんよ」という稲葉流のやわらかな言い回しがまた絶妙で、押しつけではなく、そっと寄り添う温度をもたらしてくれる。その一言があるだけで、聴き手は安心して自分の弱さや迷いと向き合える。

「空想でいいんじゃん」。大人になるほど置き去りにしがちな“夢の入り口”を、否定せずに丸ごと肯定するフレーズだ。動き出す最初の火種は、現実的である必要なんてない。胸の奥で小さく灯った気配を、そのまま認めていいと教えてくれる。

そしてたどり着くのが、「青臭い思いパンパンに膨らます」という、稲葉浩志らしい大胆で温かな一行。そのフレーズを、彼が全身で押し出すように歌い上げることで、言葉に宿った熱が一気に血の通ったものとして響いてくる。

青臭い、ありきたり、理想論――そんなふうに片付けられてしまいがちな感情を、むしろ思い切り膨らませることこそが“情熱のスタート”なんだと示す力強いメッセージだ。

空想が膨らみ、青い思いが息を吹き返し、ゆっくりと“自分のパッション”が輪郭を帯びていく。

このサビは、そのプロセスをまるごと描くことで、聴き手の心をそっと前へ押し出してくれる。

『FMP』レビューまとめ

『FMP』が響くのは、順風満帆に走っている人より、むしろ立ち止まってしまった人だ。自分のペースが分からなくなったとき、評価が思うようについてこないとき、まわりのスピードに合わせようとして息切れしてしまったとき――この曲は「迷っていてもいい」「遠回りでもいい」と、きっぱり肯定してくれる。

情熱の形は、人それぞれだ。大きくなくていいし、立派である必要もない。その小さな火種を“青臭いまま膨らませていい”と言い切るFMPは、いまの時代にこそ必要なロックアンセムだと思う。

もしあなたが、もう一度自分の情熱を確かめたい瞬間に立っているなら、この曲は確かに、そして力強く、あなたの進む方向を照らしてくれるはずだ。

ビズくん
ビズくん
これまでの失恋も全部トレジャー!オレの宝箱、涙というダイヤモンドでパンパンです✨️

【気を落とす】×『恐るるなかれ灰は灰に』

やっと巡り合えた「君」を前にしても踏み出せず、カッコつけて気持ちをごまかし、距離を置いたまま時間だけが過ぎていった――そのささやかな臆病さが、取り返しのつかない後悔として胸の底に沈んでいく。

2曲目『恐るるなかれ灰は灰に』は、まさにその“胸の奥でひそかに疼いてきた思い”に触れるような始まり方をする。

稲葉浩志の低く押し出される語りと、松本孝弘の太く歪んだギターがゆっくりと圧をかけるように重なり、音そのものが心の奥へ沈み込んでいく。その重さが、隠してきた弱さや後悔を浮かび上がらせ、深い陰影の世界へと自然に引き込んでいく。

大人になるほど、挑戦より安全を選び、野心よりも穏便さを優先する場面が増えていく。その小さな選択の積み重ねが、いつのまにか“くすぶった自分”をつくり上げてしまう。

この曲は、そんな状態に鋭く切り込む。自分で火をつけなければ、誰もあなたの存在に気づいてはくれない――と。

「灰は灰に」という言葉は、本来は“無常”や“死”の象徴だ。しかしこの曲では、そのイメージを大胆に“生”の方向へ反転させている。

どうせ最後は灰になる。だからこそ、恐れずに燃え尽きるように生きろ。

そのメッセージが、重たく深く胸に響く。

弱さも後悔も燃料に変えて──いま燃え尽きるための一曲

A〜Bメロでは、本当に欲しいものに手を伸ばせなかった大人の痛みが描かれている。

やっと君に出会えたのに
相も変わらずカッコつけて
ヤルキをひたすら隠して
距離を取って様子見ばっか

気づきゃ it’s too late
君は行方不明
誰かのもの

本音をさらけ出すのが怖い。傷つくのを避けたいという自衛本能が働く。ほんの少しでも優位に立っていたいという、小さなプライドもある。

好きになるほど素直になれず、心は前へ出ようとするのに、身体は一歩引いてしまう。その矛盾と不器用さが、気づかぬうちにチャンスを遠ざけていく。

人は、“いま”できることを後回しにしながら、「いつか」「そのうち」「タイミングが来たら」と自分に言い聞かせる。だが、その間に──自分が選ばなかった未来を、別の誰かが勇気を出してつかみにいく。

「誰かのものになった」のは、その相手が主人公より優れていたからではない。ただ、ほんの少しだけ前へ踏み出す力を持っていただけなのだろう。

サビに入ると、この曲は一気に主人公の内側へ踏み込んでいく。

そんなの僕はもう勘弁
自分で燃えあがんなきゃだれも知らんぷり
どんよりした日にゃ bye bye bye
人生の意味なんて
問うてる場合じゃない
恐るるなかれ灰は灰に

先延ばしにしてきた自分。チャンスの前で立ち止まり続けてきた自分。それまで胸の奥に押し込めてきた後悔や臆病さを断ち切るように、主人公は「もう勘弁だ」と自らに宣告する。

人生は、黙っているだけでは動き出さない。誰かが火をつけてくれるわけでも、運命が手を引いてくれるわけでもない。

自分の火種は、自分で擦って初めて光になる。サビの言葉には、そんな現実を正面から見据えた痛烈な覚悟が宿っている。

そして、すべてを貫く言葉が “灰は灰に”。

稲葉浩志の張りつめた歌声と、松本孝弘の重いギターが、“生へ向かう意志”を太く支え、サビ全体を“再点火の合図”として成立させている。

燃え尽きる覚悟を決めた瞬間から、人生はようやく動き出す──その真理を、この曲は重い音の圧とともに胸へ深く刻みつけてくる。

『恐るるなかれ灰は灰に』レビューまとめ

臆病さをごまかし続けてきた人、一歩踏み出せないまま後悔を抱えてきた人、あるいは“くすぶっている自分”に気づきながらも動けずにいる大人へ。

『恐るるなかれ灰は灰に』は、そんな人たちの胸の奥にある火種をもう一度確かめさせてくれる。

どれだけ遅れても、どれだけためらっても、燃えるべき瞬間はまだ残っている――そのことを思い出させてくれる曲だ。

聴いた瞬間、胸の奥の小さな炎がふっと息を吹き返すような感覚に出会えるはずだ。

おそるるなかれ…!今日、プリン3つ目いっちゃいます…!🔥
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【当惑する】×『濁流BOY』

3曲目「濁流BOY」は、ふっと視界をひらいてくれる、軽快で疾走感のあるロックナンバーだ。

最近の邦ロック的なノリの良さをまといながら、メロディラインや歌の運び方には「これぞB’z」と分かる懐かしさが息づいている。“新しさ”と“らしさ”のちょうど中間に、美しく着地した一曲だ。

この曲が描く“濁流”は、外から襲いかかってくる悪ではない。SNS、ゴシップ、タイムライン——他人の物語を追い続けるうちに、気づけば自分の心がすり減っている。そんな現代的な疲労のことだ。

誰かの成功、誰かの不幸。本来は関係ないはずの“ドラマ”を浴び続けるうちに、自分の価値が勝手に飲み込まれ、頭の中に“劣等感”だけが積もっていく。

この「嫉妬」と「憧れ」と「自己嫌悪」が同居してしまう感覚が、とても人間らしい。きれいごとでは処理しきれない、“誰かの笑顔が並ぶタイムラインを見すぎた後の自分”を、そのまますくい上げたような生々しさがある。

それでも、曲はちゃんと前を向く。まだ見ぬ“あなた”に会いに行く、と宣言し、「目は覚めている」と静かに自分を奮い立たせる。

ここでの“あなた”は、恋人かもしれないし、未来の相棒かもしれない。まだ出会っていない本気の自分、あるいは自分の情熱そのものと読むこともできる。この曖昧さが、逆に聴く人それぞれの“これから”に寄り添ってくれる。

SNSを見すぎてただ落ち込んでしまう夜。誰かのうれしい報告を素直に祝えず、自分が嫌いになる瞬間。失敗の記憶ばかりが頭を占め、「もう挑戦なんてやめようかな」と弱音が漏れそうなとき。

『濁流BOY』は、無理にテンションを押し上げることなく、でもしっかりと「目を覚ませ」と背中を押してくれる。

“まだ見ぬあなた”に会いに行くための一歩を、この曲と一緒にもう一度、自分の中に見つけてみてほしい。

他人のドラマから抜け出して、自分の情熱に戻っていく

A〜Bメロは、この曲のテーマを最も鮮やかに提示する部分だ。

俺の魂食い散らかしてるのは
他でもない俺の魂なんです
えげつない内緒話をいちいち
真に受けては
せっせと我が身を憂いてます

主人公はまず、自分の心をすり減らしている原因が“外側”ではなく“内側”にあることを静かに認める。

誰かに責められたわけでもないのに、他人の噂話や不穏な情報を見た瞬間、それを自分ごとのように受け取ってしまう——そんな現代的な疲れの正体が、冒頭から鮮明に描かれる。

ここで示されるのは、外の情報に傷つけられているように見えて、実際には、それをどう受け取るかという自分の反応こそが濁流を生み出しているという事実だ。

その気づきが、この曲のテーマである“他人の物語に飲み込まれない”というメッセージへ向かう、最初の確かな一歩になっている。

サビは、この曲の核心がもっともクリアに姿を現すパートだ。

飲み込まれちゃいけない
誰かの物語に
誰も俺のことなど意に介さずとも
いまはまだダメうっとりしちゃダメ
まだ見ぬあなたに会いに行くよ I’m awake

濁流から距離を置き、自分の進むべき方向を能動的に選び取る姿が一気に輪郭を帯びる。

ここで主人公は、自分を縛っていた“他人の視線”をそっと手放し、誰がどう思うかではなく、自分の心の向きを自分で決め直す。その静かだが揺るぎない覚悟が、サビ全体のメッセージに強度を与えている。

続く「うっとりしちゃダメ」というラインでは、他人のドラマに気を取られて足を止めてしまう癖への自戒が込められている。誰かの成功や不幸に過度に感情を寄せてしまうことは、時に自分の情熱を削ぐ“誘惑”になる。その誘惑を断ち切り、もう一度、自分の情熱の方向へ向き直すためのリセットがここにある。

そしてサビの核となるのが、“まだ見ぬあなたに会いに行く”という未来への宣言だ。最後の「I’m awake」と結びつくことで、他人の物語に振り回される受動的な自分から抜け出し、“もう流される側ではいない” という意志がより鮮明になる。

濁流に向いていた視線が、自分の未来へ、そして自分の情熱へと戻っていく——サビは、その視線の切り替わりを一気に風通し良く突き抜けていく。

ブリッジパートでは、主人公の感情がもっとも“生活の温度”を帯びて立ち上がる。

あいつは手柄を話したくてうずうず
でも一緒に喜べないのなら
もういいんじゃない?

ここで登場する「あいつ」は、誰にでも思い当たる存在だ。

その輝きがこちらに届くほど、心が微妙にざわついてしまう。“嫉妬と自己嫌悪の混ざり方”があまりに人間的で、曲の主人公像をより立体的にしている。

そこに続く「もういいんじゃない?」という一言は、拗ねでも諦めでもなく、むしろ自分の心を守るための距離の取り方に近い。

誰かの成功に過剰に心を持っていかれるくらいなら、いったん離れる。無理に笑顔で合わせなくていい。心を濁らせる前に、自分のペースを守るほうが大事だ——そんな、小さなセルフケアの視点がここに宿っている。

実際に濁流から距離を置くための具体的な手触り。その小さな選択が、サビへ続く“もう流されない”という意志をより現実的なものにしている。

『濁流BOY』レビューまとめ

『濁流BOY』が突きつけてくるのは、特別な悩みでも劇的な物語でもない。むしろ、日々のなかで誰もが経験している“小さな揺らぎ”だ。

タイムラインを流れ続ける他人の成功や不幸、噂や比較の連鎖。そうした外側の物語に気持ちを持っていかれ、気づけば自分の情熱の行き先が曇ってしまう——その感覚に覚えのある人ほど、この曲の言葉は深く刺さる。

他人の物語に流されやすい人。比較の濁流のなかで、自分を見失いがちな人。そして本当は、自分だけの情熱にもう一度戻りたい人。

「濁流BOY」は、まさにそんな心に寄り添うための一曲だ。

まだ見ぬ“あなた”へ向かって、自分のペースで歩き出すための一歩。その小さな前進を思い出させてくれるこの曲を、ぜひ聴いてほしい。

ビズくん
ビズくん
他人のドラマにブンブン振り回されがちだけど、今日は自分のパッション優先!…とりあえず昼寝してから本気出す!

【危惧する】×『鞭』

DIGITAL EXCLUSIVE SINGLE
Release:2025.01.16

以前のレビューはコチラ

“無茶したい自分”をどう扱うのか?『鞭』は、自分を追い込みながら走り続ける人のためのハードロック・ナンバーだ。

『FYOP』が掲げる “Follow Your Own Passion” というテーマ中で、この曲はひときわ鋭く心に切り込んでくる。情熱を追いかける光と、その裏で自分を鞭打ってしまう影。その両方を鮮明に描き出しているからだ。

最初に耳を掴むのは、松本孝弘の重く、不穏さを帯びたギターリフ。ブルージーな陰影をまとったイントロから一気に加速していく流れは、まさに“鞭がしなる瞬間”のスナップ感そのもの。音が進むたびに心拍が引っ張られ、身体が自然と前へ踏み出したくなる。

そのサウンドの上で描かれるのは、「自分を追い込んでしまう癖」。とりわけ印象に残るのが 「ワタシの奴隷はワタシなの?」 という一行だ。

誰かに急かされているように思えても、実際に“鞭”を握っているのは自分自身かもしれない。「もっとできるはずだ」「ここで止まったらムダになる」――そんな声を一番近くで囁くのは、他人ではなく自分。ふとその事実に気づいたとき、胸の奥がチクリと痛む。

それでも、人は前へ進んでしまう。弱さやみっともなさを抱えたまま、汗を拭って、もう一度だけ足を踏み出してしまう。その矛盾や切なさが、わずか数分のロックに凝縮されているから、この曲は何度聴いても“自分ごと”として刺さってくる。

その鞭は、何のため?誰のため?

もし今、「頑張りすぎている気がする」「だけど止まれない」――そんな気持ちを抱えているなら、「鞭」はきっとそっと寄り添ってくれるはずだ。

無茶したい衝動も、逃げたくなる弱さも、どちらも否定せずに受け止める曲。
「その鞭を振るう理由を、自分で選べ」と叩きつけながら、轟音のリフと容赦ないビートが、ためらう背中を乱暴なくらい強引に前へ蹴り出してくる。

重いギターリフに身をゆだねながら、自分の中に潜む“鞭”の気配をそっと確かめる。影と光がゆっくり交わるその一瞬に耳を澄ませる時間こそ、この曲がもっとも深く語りかけてくる聴き方だと思う。

『鞭』──光を追うほど濃くなる影の中で響く一撃。

「鞭」のストーリーは、すでに息が切れはじめた地点から始まる。

ひんやり汗が背中つたい不愉快
どんよりめまいしてゴールは歪む
ニンマリにやける誰かの顔が浮かんで
思わず君は絶叫

放り出すんなら恥の甲斐もない
そう言ってまた自分を鞭打つの?

背中をつたう冷たい汗、ゆがんで見える視界――体よりも先に心が限界を知らせているような描写だ。

そこに追い打ちをかけるように、頭の中に“ニヤついた誰かの顔”が浮かぶ。この“誰か”は、実在の人物というより、期待や嘲笑や評価といった 外側のプレッシャーそのものの象徴なのかもしれない。

「放り出すんなら恥の甲斐もない」。この言葉は、誰かに浴びせられたものではなく、真っ先に自分が自分へ向けた叱咤だ。休みたいと思っても、「ここまで来たんだから」「逃げたら全部ムダだ」と最初に鞭を振るうのは、他人ではない。

自分の内側に潜む“もう一人の自分”こそが、いちばん鋭い声で追い立ててくる。

サビに入ると、この曲の核心が一気に姿を現す。

無茶したいんでしょ?どうしても
みっともなさも平らげて
馬鹿みたいに汗まみれ
ココロとカラダ追い込んで

響いてくる「無茶したいんでしょ?」という声は、心の奥に隠していた衝動を無理やり剝き出しにしてくる。外の誰でもない、自分自身が抱え込んでいた本音を、真正面から掴んで引きずり出すような強さがある。

ここにあるのは、綺麗ごとなんて吹き飛ばすほどの生身そのものだ。

みっともなさも汗まみれの必死さも全部ひっくるめて、それでも前へ突っ込んでいく姿。スマートさの欠片もなく、体裁なんてとうに捨てている。

不格好で、滑稽で、誰にも見せたくないはずなのに――それでも止まれない。「行きたい」「やり切りたい」という衝動が、理屈を踏み潰して身体を勝手に走らせる。その瞬間の暴走感を、このサビは容赦なく切り取っている。

ここで描かれているのは、「頑張らされる自分」ではなく、「それでも踏み出してしまう自分」だ。A〜Bメロでは追い込まれる側にいた主人公が、サビでは自分の内側に潜む衝動と向き合い、その力に飲み込まれながら走り出す。

弱さを抱えたまま、それでも前へ行こうとしてしまう自分。そのちぐはぐな心の動きを、わずか数行の言葉と荒々しいビートで鮮やかに描き切っている。

サビの熱が落ち着く間もなく飛び込んでくる “ムチウチナ” のコーラスは、この曲の魅力を一気に跳ね上げるパートだ。

ムチウチナ
ムチナママ
ムチニムチュウ
ナンノムチ

意味を追う前に、まず音の快感が一気に耳を支配する。短く跳ねる語感がタイトなビートと絡み合い、思わず身体が反応するような強烈なグルーヴを生み出している。

重たいテーマを抱えた曲の中心に、そっと軽やかさを滑り込ませることで、張りつめていた心の緊張がふっとほどける瞬間が生まれる。

言葉の重量と遊び心――その両方を抱え込んだ、このパートならではの絶妙なバランスだ。

“鞭”という曲が持つ緊張と遊び心が、ここで最も鮮やかに息づいている。

『鞭』レビューまとめ

『鞭』は、強くなれと鼓舞する曲ではない。むしろ、強さと弱さがせめぎ合う現実の中で、それでも前へ進もうとする人の背中にそっと手を添える一曲だ。

逃げたい気持ちがあるのに、諦めきれないものがある。格好悪い自分を知りながら、それでも踏み出してしまう瞬間がある。

そんな“ちぐはぐな本音”を抱えている人ほど、『鞭』は深く響く。外側の期待ではなく、自分の内側にある衝動と向き合うことの痛みと強さを、荒々しいビートとともに思い出させてくれる。

もし今、自分に鞭を打ちすぎて疲れているなら。それでも、前に進みたいと願っているなら。そのどちらの気持ちも、あなたの中の大切な“熱”なのだと、この曲はそっと教えてくれる。

そして最後に——ときにはバランスなんて投げ捨てて、衝動のまま突っ走ってもいい。あなたが握る“鞭”は、誰のものでもなく自分のものなのだ。

始める前もプリン。追い込み中もプリン。終わってからもプリン!……え、ムチ?
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【平穏】×『INTO THE BLUE』

5曲目『INTO THE BLUE』は、深呼吸するような青い風を、アルバムにそっと運んでくる。

この曲は、CITIZENブランド横断コレクション「UNITE with BLUE」のCMソングとして書き下ろされた一曲でもある。“深く静かな青い海”というテーマを知ると、曲全体に漂う「感情をそっと洗い流す静けさ」が、より鮮明に立ち上がってくる。

サウンドは、派手な装飾を避けた素直で澄んだミディアムロック。複雑な構成ではないのに、最初の一音から“青い景色”が広がるのは、伸びやかなメロディと爽やかな歌詞を、余計なものを置かずにまっすぐ活かしているからだろう。

優しく弾むリズムは、波の寄せ返しのように心を整えてくれる。その上を透明感のあるメロディがすっと走り、英語詞の軽やかさと相まって、胸のざわつきを静かにほどいていく。

派手さよりも“呼吸のしやすさ”を優先したサウンド。だからこそ、この曲は聴いた瞬間に心の景色がふっと明るくなる。

特に印象的なのがギターソロだ。速さで押し切るのではなく、大きな弧を描くようなフレーズが続き、海原の上を悠々と進んでいくような情景を浮かべさせる。言葉のあとをそっと受け継ぐ“第2のクライマックス”であり、アウトロまで含めてこの曲のハイライトと言っていい。

仕事や人間関係ですり減った帰り道。別れや喪失から少し時間が経って、涙が乾きかけてきた夜。「前を向かなきゃ」と分かっていても、走り出す元気までは出ないとき。

そんなとき、この曲はちょうどいい温度感の希望とともに、聴く人を静かな浜辺へそっと連れ出してくれる。

泣き疲れた心を、波と記憶のあいだにある青い浜辺へそっと座らせてくれる

この曲は、“消えていくもの”の風景から物語を始めていく。

Waves roll in and fade away
(波が寄せては消えていく)
Leaving tracks that never stay
(刻んだ跡も、すぐに波にさらわれて消えてしまう)
I’m standing still, just watching time
(立ち尽くしたまま、ただ時間の流れを見つめている)
Thinking back to when life was mine
(自分の人生がたしかに“自分のもの”だった頃を思い返している)

1秒ごとが瑞々しく弾け

寄せては返す波、すぐにさらわれる足跡──そんな静かな情景を描きながら、主人公は立ち尽くしたまま時間の流れだけを見つめている。

かつては「人生がたしかに自分の手にあった」と思えた時期を思い返し、その感覚がもう遠くにあることを自覚しているような空気だ。

喪失や停滞が直接的に語られるわけではない。波や足跡という身近な比喩を使うことで、過去の選択も記憶も、形としてはあっけなく消えてしまう――そんな無常観がやわらかく胸に刺さる。

そして、空気を一変させるのがBメロの日本語の一行だ。「1秒ごとが瑞々しく弾け」という、急に生命力のあるフレーズが差し込まれることで、止まっていた時間がふっと動き始める瞬間が鮮やかに浮かび上がる。

英語で淡々と進んできた世界に、日本語の生々しい手触りが混ざり、感情にピントが合うような感覚が生まれる。

喪失をなかったことにはしない。過去も痛みも抱えたまま、いま確かに息づいている1秒に気づいていく――そんな繊細な心の揺れを、丁寧に描いている。

サビでは、この曲のテーマである“静かな再生”が一気に輪郭を持ち始める。

Into the blue
(青の深みに飛び込んでいく)
Now I am new
(今、私は新しく生まれ変わった)
All the tears are gone with the time
(涙はすべて、時間とともに流れ去っていった)
This love is true
(この愛は本物だ)
I hope it finds you
(どうか、あなたのもとに届いてほしい)
Now I realize I was born to search for my soul
(私は、自分の魂を探し続けるために生まれてきたのだと、今になってわかった)

サビでは、主人公がようやく“青の世界へ”一歩を踏み出す。Aメロで立ち尽くしていた心が、静かに動き始める瞬間だ。

それは劇的な変化ではなく、深く息を吸い直すようなもの。「今の自分は、新しくなれた」とそっと気づく、柔らかい再生の感覚がそこに宿っている。

かつて流した涙は、時間とともに少しずつ遠ざかっていった。忘れたわけではない。ただ、鋭かった痛みの形がほどけて、静かに手放せるところまで来ている。

大切なものはたしかに存在していたし、その温度はいまも胸に残っている。その想いが「あなたに届きますように」と願う部分には、執着ではなく、祈りに近い静かな優しさがある。

そしてサビの最後で、主人公はそっと自分の“生まれてきた理由”に触れる。誰かのためでも、何かを手に入れるためでもない。

自分の魂を探し続けるために生まれてきた──。

喪失も愛も抱えたまま、自分の本質へ向かって歩いていく。その静かな悟りが、このサビをひときわ深いものにしている。

『INTO THE BLUE』レビューまとめ

『INTO THE BLUE』は、ただ癒してくれる曲ではない。

喪失や不安が残ったままでも、“それでも生きていける場所はまだある”と静かに教えてくれる一曲だ。

この曲が深く刺さるのは、きっと“回復の途中にいる人”だと思う。元気になれとも、忘れてしまえとも言わない。

ただ、深呼吸できるだけの余白をそっと差し出し、進む力よりも、立ち止まるための穏やかな静けさを与えてくれる。

青い風が吹き抜けるようなその感触は、喪失と再生のあいだに揺れる心にとっての、静かな道しるべになる。

そしてこの曲は、あなたがまた一歩踏み出すその瞬間まで、そっと寄り添い続けてくれる。

ビズくん
ビズくん
波の音って落ち着くよね。…上司からの着信音は心臓に悪いけど。

【神経が高ぶる】×『FAITH?』

『FAITH?』は、アルバム『FYOP』の中でもひときわ“心の深いところ”を突いてくる、濃度の高いヘヴィなラブソングだと思う。

サビでは「君のやることは何でも赦したい」という姿勢が繰り返される。一途さだけを切り取れば純粋な愛情に見えるけれど、歌詞全体を通して読み解くと、それは相手を想うあまり自分を守れなくなっていく危うさと表裏一体だ。

追いつけないと分かっていても、離れたくないから走り続けてしまう。“信じること”が、いつの間にか“自分をすり減らす行為”に変わっていく。そのギリギリのラインを見つめる視線が生々しい。

こうした感情の質は、もはや普通の恋愛というより信仰に近い熱量を帯びている。だからこそ、タイトルの『FAITH?』に付けられた“?”が重く響く。

これは本当に“信頼”なのか。それとも、執着や依存に近いものなのか。それでもなお君を信じていたい——そんな心の揺らぎが、この曲の核心になっている。

サウンドは、ミドルテンポながら重心の低いヘヴィロック。分厚いギターリフがうねるように曲を牽引し、中低域がどっしりと感情の重さを受け止めている。

ラスサビに向かって徐々に隙間が埋まり、熱量が積み上がる構成は、“今のB’zのヘヴィロック”を体現するような迫力だ。長年のファンほど思わずニヤリとしてしまう、たまらない一曲だと思う。

“Follow Your Own Passion”というテーマを掲げたアルバムの中で、多くの曲が情熱の輝く側面を押し広げていく一方、『FAITH?』だけはその裏側——情熱が暴走したときの影、人が自分を追い込みすぎてしまう痛みを引き受けているように感じる。

だからこそ、アルバムの物語に深みが生まれ、この曲が置かれている意味が際立つ。

信頼・執着・依存の境界線を描き出す、濃密ヘヴィロック

『FAITH?』の物語は、朝からニュースに心を支配されていく主人公から始まる。

朝もはよから
ニュースの奴隷と化して
君のいる街の
空が浮かび上がる

I wanna know今その心を奪うもの

不安を煽る見出し、SNSの騒がしさ、知らない誰かの怒りや悲しみ……。世界規模の出来事から個人のつぶやきまで、膨大な情報が一気に流れ込み、まだ整っていない心があっという間に持っていかれてしまう。

それでも、騒がしい世界の片隅でふと心に浮かぶのは「君のいる街の空」。

世界には不信しか感じられなくても、君のいる世界だけは信じていたい——その矛盾した思いが、この曲に宿る“ねじれた痛み”を形づくっている。

「今、君の心を奪っているものは何なのか」。その問いには、自分ではない何かに心が向いてしまっているかもしれない不安や、追いつけない距離を認めざるを得ない焦りが滲む。

サビでは、相手の気持ちを大切にしたいという気持ちが強すぎるあまり、自分の境界線が少しずつ薄くなっていく——そんな健気さと危うさが、同時ににじんでいる。

何から何まで赦そう
君のやることなら
追いつけないんだよいつまでも
それでも好きだから必死なんだ

「何から何まで赦そう」と願いながら、「追いつけない」と分かっていながら、それでも好きだから必死になってしまう——。

胸の奥では不安が疼いているのに、どうしても離れられない。好きだからこそ無理をしてしまう、人間らしい弱さと優しさがここにはある。

どれだけ不器用でも、どうしても手放せない想いがある。良くも悪くも、その“感情の強さ”こそが、このサビを特別なものにしている。

そしてタイトルに添えられた“FAITH?”の“?”は、それが信頼なのか、執着なのか、答えの出ないまま揺れ続ける心そのものを示している。

それでも前へ進もうとする——。その揺らぎを抱えたまま歩き出す姿に、この曲ならではの魅力が宿っている。

ブリッジで語られる一行は、それまでの恋の温度を大きく超えていく言葉だ。

君という世界を一生旅したい

ここで主人公は、相手をひとりの人としてではなく、喜びも陰りも矛盾もすべてを内包した“ひとつの世界”として捉えている。理解できない部分すら含めて、その人の人生全体に寄り添おうとする覚悟が滲む。

“旅したい”という表現が美しいのは、相手を変えようとするのではなく、その景色をそのまま受け取ろうとする姿勢が宿っているからだ。思い通りにならないことも含め、ゆっくり歩きながら味わい続けるような、柔らかい優しさと深い包容力がある。

この瞬間、主人公の感情はもはや恋愛の枠を軽々と越えて、信仰に近い領域へ踏み込んでいる。

サビで揺れ続けていた想いをしっかりと受け継ぎ、その感情がどれほど深い層にまで根を張っているのかを鮮明に浮かび上がらせるパートになっている。

『FAITH?』レビューまとめ

『FAITH?』は、“信じたい”という揺れを抱えながら進もうとする心を否定することなく、その裏側に沈む痛みや迷いにまで触れていく曲だと思う。

相手のために無理をしてしまう人。距離があると分かっていても、どうしても手放せない想いを抱えている人。自分が少しずつ擦り減っていると気づきながら、それでも前へ進もうとしてしまう人。

——そんな、痛みを抱えたまま止まれない誰かにこそ、この曲は強く響くはずだ。

信じたい気持ちと、その裏に潜む不安。その両方を抱えたまま一歩を踏み出すとき、心の奥でかすかに揺れる感情がある。『FAITH?』は、その揺れをそのまま映し返しながら、揺れごと前へ進もうとするあなたの背中を、確かな熱で後押ししてくれる。

そしてその姿は、FYOPが掲げる“Follow Your Own Passion”というテーマとも深く響き合う。

情熱は光だけでできているわけではなく、影も痛みも抱えながら、それでも進む方向を決めていくものだ。『FAITH?』は、その“情熱の影側”を受け止めることで、アルバム全体に奥行きを与えている。

だからこそ、この一曲は聴くたびに、「痛みを知りながら、なお前へ進む情熱」
という、自分自身の核心をそっと照らし返してくれるはずだ。

『君という世界を旅したい』なんて言われたら……有効期限なしで世界中どこでも行けるパスポート、即座に発行しちゃいます!
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【思いにふける】×『片翼の風景』

『片翼の風景』は、どうしても一度きちんと立ち止まって向き合いたくなる一曲だと思う。

アルバムの流れの中では決して派手なポジションではないのに、聴き終わる頃には胸の奥だけがじんわり熱くなっている──そんな“静かなラブレター”のようなバラードロックだ。

この曲の主人公が面白いのは、一度も相手を追いかけようとしないところだ。

相手が「どこ行きの列車」に乗ったのかも分からない。そもそも最初から、きちんとした約束すら取り付けていない。それでも「もう慣れた流儀」として受け入れてしまっているあたりに、ふたりの関係の年季と親しさがにじむ。

サビでは、雨どころか“槍”が降ろうが、それでも「ここでなんとなくあなたを待ってる」と歌う。この「なんとなく」が本当に絶妙だと思う。

ドラマチックに「ずっと待っている」「あなたの帰りだけを信じている」と言い切ることもできるのに、あえて力の抜けた言葉で包み込んでしまう。

その代わりに、松本孝弘のメロディと稲葉浩志の歌声が、長い時間をかけて積み重なった想いの重さを、じわじわと耳の奥に染み込ませてくる。

どうしても外せないのが、「片翼」というタイトルと、2024〜25年のB’zの状況だ。ユニットとして“片翼”の時間を過ごさざるを得なかったあの期間、この曲を聴くと、多くのファンが稲葉浩志ひとりでステージに立った光景や、療養中の相棒を思う気持ちを重ねてしまうはずだ。

「旋律が止んで」「人影が途絶えて」というフレーズは、音楽が一時的に止まってしまった時間の比喩にも聴こえるし、「時間を戻したいなんて思わない」という一行には、「あの頃に戻りたい」とは言わずに、片翼だった時間も含めて今を受け入れていく、前向きな覚悟が感じられる。

とはいえ、「片翼の風景」は決して“B’zの二人だけの歌”ではない。

聴く人はそれぞれ、自分の大切な誰かを思い浮かべながら、胸の奥にそっと佇む “片翼の時間” に、この曲が静かに寄り添っていることに気づくはずだ。

サウンドもまた、その物語を丁寧になぞっていく。柔らかいバンドサウンドと控えめなシンセが静かに広がり、穏やかなミドルテンポの中で、後半に向かって少しずつ熱が灯っていく。

特に印象的なのは、間奏の演出だ。あえて“Calling系”のバラードロックの熱さを帯びたギターがひときわ強く響き、それまで押し殺していた感情が一瞬だけ顔をのぞかせる。

その高まりが、曲全体の静かな情緒をそっと震わせ、聴き手の心に微かな余韻を残していく。

片翼の景色でさえ、そっと優しい色に塗り替えてくれる。この曲は、そんな静かな救いの一瞬を確かにくれる。

行き先の見えない誰かを、それでも待ち続ける――『片翼の風景』の優しい余韻

A〜Bメロは、物語の最初の一歩というより、まるで“静かな日常の温度”にそっと触れるように始まる。

夏っていつまで続くの
今日はどんなTシャツ
僕は部屋を片付けよう
Rumors鳴らしながら

一体何処行きの列車に乗ったんだろう
あいかわらず約束などしてない
けれどもう慣れた流儀 wow wow

夏という季節の長さをぼやきながら、ふと相手の今日の様子を思い浮かべてしまう。ひとり部屋を片付けていても、手だけが動き、心の焦点はどこか別の場所に置き去りのまま。

そのささやかな“ずれ”が、この冒頭でふたりの距離感をそっと浮かび上がらせている。

相手がどこへ向かったのかすら分からないし、そもそも約束を取りつけるような関係でもない。追いかけるでもなく、縛りつけるでもなく、それでも途切れず続いてきた時間だけが静かに残っている。

その積み重ねが、「もう慣れた流儀」という一言の奥に、言葉では触れきれない、ふたりの関係が長く続いてきた確かな重みをそっと潜ませている。

サビに入ると、『片翼の風景』が本当に語りたいテーマが一気に姿をあらわす。

雨が降ろうが槍が降ろうが
ここでなんとなくあなたを
待ってるから
霧が晴れて気が向いてきたとこで
ちょっとだけでもいい
顔見せてくださいな
そんな瞬間だけを想う

求めすぎず、縛らず、でも無関心でもない。その中間の温度で続いてきた“強い関係性”が、短いフレーズの中にそっと息づいている。

主人公が思い描いているのは、劇的な再会でも、大きな約束でもない。ただ、たった一瞬でも顔を見られるなら、それだけでこれまでの日々が報われる――そんな“静かな情熱”だ。

このサビには、誰かを追いかける力強さではなく、待つことに宿る強さが、日常の言葉遣いのまま丁寧に描かれている。

『片翼の風景』レビューまとめ

『片翼の風景』は、誰かの帰りを強く願った経験のある人なら、胸の奥でそっと震えるように響く歌だと思う。

追いかけることもできず、忘れることもできず、そのあいだを漂うように過ごした時間や気持ち。そうした思いを静かに抱え続けてきた人ほど、この曲の温度は深く沁みてくるはずだ。

自分ではどうにもできない時間を受け入れるしかなかったとき。それでも、心のどこかに小さな灯りを残して待っていたあの感覚。

この一曲は、そのすべてをそっと肯定してくれる。

もし今、あなたにも思い浮かぶ誰かがいるのなら。その人との時間が途切れたままになっているのなら。どうか一度、この曲を再生してみてほしい。

胸の奥に静かに残っていた“片翼の時間”が、そっとやわらかい色へと変わっていく瞬間が訪れるかもしれない。

ビズくん
ビズくん
相手のペースを尊重できる男になりたい……カップラーメン3分ですらソワソワしてます。

【希望に満ちた】×『イルミネーション』

DIGITAL EXCLUSIVE SINGLE
Release:2024.10.07

以前のレビューはコチラ

『イルミネーション』は、不安を抱えたまま進んでいく人のための“日常ポップソング”だ。

この曲で歌われるイルミネーションは、単なる冬の飾りではない。「誰かが誰かのために灯す光」として描かれ、その背景には、コロナ禍でも採算度外視で灯し続けられたある企業のイルミネーションの実話がある。

経済的な合理性を超えて、それでも灯される光。その正体は、善意や祈り、そして「あなたに笑っていてほしい」という純粋な願いだ。

曲の中では、最初こそ「本当にあるのか」と確かめるように光を探している。しかし聴き進めるほどに、「確かにここにある」と自信を持って言い切れるようになり、その変化はそのまま聴き手の心の軌跡とも重なっていく。

人生は、完璧である必要なんてない。がっかりした日も、しょんぼりして動けなかった時間も、いつか自分の人生を誇れるようになるための材料になる。

人生のピークは一度きりではなく、何度でも更新できる──そう語りかける姿勢は、長い年月を経てもなお前線で走り続けるB’z自身の歩みとも自然に重なって見える。

サウンドは、まさにタイトルどおり“イルミネーション”のきらめきを持つ。冒頭の力強いドラムに導かれ、松本孝弘のギターがネオンのように輝き、ピアノは冬の街の光を描く。そこに稲葉浩志の真っ直ぐな歌声が重なり、心の奥で沈んでいた感情をそっと持ち上げてくれる。

新しい一歩を踏み出したとき。挑戦がうまくいかず落ち込んだとき。過去の失敗ばかり思い出して、「自分の人生を誇るなんて無理だ」と感じてしまう夜。

そんなタイミングでこの曲をかけると、不安や後悔を消し去るのではなく、それごと抱えて進んでいいのだと、優しく教えてくれる。

人生のピークを「もう終わったもの」と決めつけたくないとき。まだ自分のクライマックスは続いていくと信じたいとき。『イルミネーション』は、胸の奥に灯る小さな光を、前方を照らすハイビームへと変えてくれる一曲だ。

“人生のクライマックスは続いていく”──『イルミネーション』が灯す希望

『イルミネーション』の物語は、まず「君の一番好きな歌」を流しながら走り出すシーンから始まる。

君の1番好きな
歌を聴きながら進もう
暮れ残る空の下
浮かぶ山並み

曲がりくねった道をハモリ
進む君と僕のハイビーム(ハイビーム)

ここで描かれているのは、自分の好きな曲ではなく、相手の“好き”をそっと優先する、ささやかな思いやりだ。大げさな愛情表現ではないのに、ふたりの距離が静かに近づいていく温度がにじんでいる。

舞台は、特別な観光地ではなく、地方のどこにでもありそうな夕暮れの風景。日が落ちきる直前の、わずかな光が残る時間帯は、希望と不安が半分ずつ混ざったような独特の空気をまとっている。

ふたりが進むのは、まっすぐではない“曲がりくねった道”。行き先がはっきり見えないまま進んでいくさまは、そのまま人生の比喩でもある。

迷いやすく、不安もある。それでも、君が隣にいることで、呼吸が少しずつ合っていき、日常の些細な瞬間を分け合いながら、ハイビームで前方を照らしつつ、車はゆっくりと進んでいく。

そこにあるのは、派手なドラマではなく、日々の中でふっと生まれる小さな共鳴。その積み重ねが、ふたりの関係を自然に温めていく。

サビに入ると、この曲は一気に“光を探す物語”へ進んでいく。

ホントにあるよねウソじゃないよね
夢で見たイルミネーション
誰かが誰かのために灯す
愛まぶしたセレブレーション

Lights on, shine on
はずむ息
震えたっていいよ

サビの最初に置かれた問いかけは、誰かに向けた言葉ではなく、自分の胸の内をそっと確かめるような響きを持っている。

希望を信じたい気持ちと、まだ確信しきれない揺らぎ。その温度差は、冬の空気の冷たさにも似ていて、聴く側の心の震えとぴたりと重なる。

ここで歌われる“セレブレーション”は、華やかな祝祭ではない。誰かが誰かのために灯した、小さな灯りそのものが祝福になるという考え方だ。

特別な出来事がなくても、日常の片隅にそっと差し込む光がある。この視点こそが、この曲の優しさと強さを形づくっている。

サビが描いているのは、そうした誰かの灯りを、自分の歩みにそっと受け継いでいく瞬間だ。

まだ確信は弱い。それでも光は確かに存在していて、その実感が胸の奥で静かに広がっていく。気づけば、その温度が前へ進む力へと変わっていく。

『イルミネーション』レビューまとめ

『イルミネーション』がそっと寄り添うのは、完璧な心構えを持てないまま始まってしまう朝や、理由もなく不安が滲む夕方、そして誰にも言えない迷いを抱えたまま長い夜を迎える人たちだ。

そんな暗がりの中でふと感じる孤独や焦りは、誰かが灯した小さな光に触れた瞬間、ほんの少しだけ形を変えてくれる。

この曲が届けてくれるのは、大きな逆転劇や派手な前向きさではない。未来の輪郭がぼやけて見えるとき、自分を信じ切れないまま進まなければならないとき。

『イルミネーション』は、その迷いごと抱えたあなたに向けて、優しい灯りをそっと差し出してくれる。

日常の片隅にある小さな光に気づくたび、人生のクライマックスはまだ続いていく。

もしその灯りを見失いそうになったら、またこの曲を思い出してほしい。

あなたの胸に灯ったその光は、きっと次に出会う誰かの道をも照らしていく。あなたが進むその一歩が、いつか別の誰かの“イルミネーション”になる日が、必ず来る。

人生のクライマックスって、あと何回来るんだろね。とりあえず今日、めちゃ美味しいケーキ食べたから……クライマックス、ひとつ来た!
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【集中】×『The IIIRD Eye』

『The IIIRD Eye』は、ルパン三世の映画『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』の主題歌として書き下ろされた一曲だ。ジャジーなコード、ゴージャスなホーン、ロックとファンクが混ざり合うサウンドは、まさに“大人のスパイ・ロック”。

だが、この曲の魅力は“タイアップの格好良さ”だけでは終わらない。

欲望と虚無のループから抜け出し、自分の“第三の眼”で世界を見直そうとする——その一歩手前の心の揺らぎまで描き切った、生々しい人間味が宿っている。

歌は、未明のシャワーと曇った鏡という、妙にリアルな情景から始まる。曇った鏡を手のひらで拭い、ようやく現れた自分の顔を思いきり歪めてみせる描写には、向き合いたくない本心や、溜め込んできた違和感がそのまま滲む。

その“見えないふりをしてきた自分”が、ようやく動き出す前の微かな振動を映し出しているのだろう。

サビでは、“眼”を開くことが繰り返し促される。この“眼”とは、視力ではなく、直感や真実を見抜く内なるセンサー——スピリチュアルな意味での“第三の眼”に近いものだ。

「ゲームはもう始まってる」という一節には、ルパン三世の世界観が重なる。命がけの駆け引きすら楽しむように、彼らはいつだって一歩踏み出した後に物語を転がしていく。しかしこの言葉は同時に、私たち自身に向けられているようにも響く。

やりたいことがあるのに言い訳ばかりしているとき、何かをごまかしながら日々をやり過ごしているとき。「もうスタートは切っているのに、まだ始まっていないふりをしていないか」とじわじわ追い詰めてくるような感覚がある。

誰かの正解をなぞるのではなく、自分の情熱と感覚で選び取った道を走ること。その先にどんな景色が待つのかは分からないけれど、それでも行く。

アルバム『FYOP(Follow Your Own Passion)』が掲げる “自分の熱に従う” というテーマと、この曲が描く覚醒の瞬間は、美しく重なりあっている。

その世界観を支えているのが、シネマティックでジャジーなサウンドだ。ジャズ風味のイントロは「これ本当にB’z?」と驚くほど新鮮で、Aメロでは稲葉浩志の抑えた声が不穏さを漂わせる。サビで一気に解き放たれるエモーションは、セクシーさと鋭さが同居した唯一無二の歌声だ。

松本孝弘のギターはホーンセクションと絡みながら、時に主役、時に陰影を生む伴奏としてスリルを演出する。リズムは8ビートを軸にしつつ、ファンクの“タメ”やジャズのスウィング感を忍ばせ、走っているのにどこか余裕を感じさせる“大人の疾走感”を作り上げている。

そして、この曲が語りかけてくるのはひとつだけだ。見えるものだけが真実じゃない。あなた自身の“第三の眼”で、まだ知らない空へ踏み出していけと。

その一歩を踏み出す瞬間を、あなた自身の耳で確かめてほしい。『The IIIRD Eye』は、そのための灯りになってくれる。

『The IIIRD Eye』が照らす“本当の自分”への道

A〜Bメロは、派手な演出ではなく、胸の奥がわずかに震えはじめる瞬間をすくい取った描写で、この曲の物語をそっと踏み出させる。

火傷しそうな未明のシャワー
息を止め浴びたなら
真っ白い鏡を手のひらでキュッと擦って
出てきた顔を
思いきり歪める

何もないわけじゃない
気づいてないだけ

未明の静けさの中、火傷しそうなほど熱いシャワーを浴びる。その“熱すぎる温度”には、言葉にできない焦りや苛立ちがにじむ。息を止めてシャワーを受ける描写だけで、心のどこかが張りつめていることが伝わってくる。

曇った鏡を拭った瞬間、にじむように自分の顔が浮かび上がり、思わずそれを歪めてしまう。その一瞬に、これまで胸の奥で押し殺してきた感情が、こぼれ落ちるようにあふれ出す。

そして響く、「何もないわけじゃない 気づいてないだけ」。その言葉が示すのは、本当はずっと知っていたのに、向き合う勇気が持てなかった自分自身だ。

問題や迷いは本当はずっと心の中にあった。見ようとしなかっただけで、もうとっくにそこに存在していたのだろう。

その小さな気づきの瞬間が、曲全体のテーマである“第三の眼を開く”という象徴へとつながっていく。

サビに入った瞬間、『The IIIRD Eye』はまるで視界が一気に開けるような感覚を呼び起こす。

開いてごらんよその眼を
見えないものを見ろ
手の届かないものなんてない
ゲームはもう始まってる

「その眼を開け」という呼びかけは、決して大げさなスピリチュアルではない。むしろ、誰もが日常で経験する“本音への鈍さ”にナイフを入れるような言葉だ。

見たくなかったもの、後回しにしてきたこと、気づかないふりをしてきた感情。それらをようやく照らし出すための、最初の小さなきっかけを与えてくれる。

そしてサビのもう一つの魅力は、その言葉の強さを“音”が後押ししていることだ。ホーンが鋭く飛び込み、ギターがその隙間をしなやかに滑り抜け、ファンクの“タメ”を含んだリズムが身体ごと前へ押し出す。

そこに稲葉浩志の声が重なると、ただのメロディは “胸の奥を揺さぶる衝動” へと変貌する。鋭さと温度を同時に宿したその歌声が、曲のメッセージをより確かな力として届けてくる。

自分の人生が、自分で決められないと感じている人があまりにも多い現代で、聴き手に“ハンドルを取り戻す感覚”を抽象ではなく、手触りのある実感として伝えてくれる。

ブリッジパートでは、主人公の視線が内側から外の世界へと切り替わる。

窓を開けて
口笛吹いて
風を浴びてスピード上げる
何が本当で
何が嘘で
騙し合いながら世界は笑う

外の世界は決してシンプルではない。本音と建前の揺らぎ、情報のノイズ、人の言葉の裏。

真実だけでできた安全な景色など、どこにも存在しない。そして「騙し合いながら世界は笑う」という一行が、その複雑さを冷静に、しかしどこか達観したまなざしで切り取っている。

ここで描かれているのは、混沌の中に放り込まれた不安ではなく、むしろその世界を自分のスピードで駆け抜けていくためのしたたかさだ。

このブリッジは、曲全体のテーマである「真実を見る覚悟」を、内面だけで完結させず、現実の世界へとつなげていく役割を担っている。

『The IIIRD Eye』レビューまとめ

『The IIIRD Eye』が届けてくれるメッセージは、決して特別な誰かに向けられたものではない。

自信を失ったとき、周りの価値観に飲み込まれそうなとき、本当はもう気づいているのに“見えていないふり”を続けてしまうとき——そんな“揺らぎ”の中にいる人ほど、この曲は深く心に刺さるはずだ。

世界は複雑で、嘘も真実も入り混じっている。けれど、そこで何を見るかを決めるのは自分自身の眼だ。“第三の眼”という言葉は難しそうに聞こえるけれど、要するに、自分が本当に感じていることに目を向けてみようというメッセージだと思う。

どこへ向かうかは、ゆっくりでも自分で選んでいい。

次の一歩をどう踏み出せばいいのか迷っているなら、どうか『The IIIRD Eye』を聴いてみてほしい。

あなたの中に眠っていた“私の人生は私のもの”という感覚が、そっと息を吹き返す瞬間が、きっと訪れるはずだ。

ビズくん
ビズくん
手の届かないものなんてない!よし、オレの不二子ちゃんにLINEだ!……まあ、前回のも未読のままだけど!

【感動する】×『その先へ』

23rd Album『FYOP』のラスト10曲目「その先へ」は、いわゆる“ド派手な締め曲”ではない。サビで一気に泣かせにくるタイプでも、大きな転調で感動を伝えるタイプでもない。

もっと静かで、もっと実直で、聴き終わってからじわじわ効いてくる。

アルバムを最後まで通した耳と心に、「まだこの先も行こう」と語りかけてくる、大人のバラードだと感じる。

この曲のスタート地点は、驚くほどささやかだ。目が覚めたとき、隣に大切な人がいる――そんな日常の一コマから物語は始まる。

そこには大事件もロマンチックなサプライズも出てこない。ただ、「今日という一日を、ひとコマずつちゃんと積み上げていこう」というまなざしがある。

ここで歌われているのは、“いつか”や“いつまでに”というゴールではなく、「今日」の重みだ。

サビ部分で印象的なのは、時間と命そのものを“輝き続けるもの”として捉えているところだ。

楽しいときだけが価値のある時間ではない。泣いた日も、迷った日も、立ち止まった夜もひっくるめて、「生きて今日まで来た」という事実そのものに光を当てる視点が、この曲にはある。

若い頃の夢や挫折、うまくいかなかったこと。時間が経つと、つい“黒歴史”として切り離したくなったり、逆に過去の栄光だけを眺めて現実から目をそらしたくなったりもする。

しかしこの曲は、どちらにも寄らない。

今の自分の目線で見直したときに浮かび上がる“新しい夢の形”があることを伝えてくれる。

それは、たとえば昔諦めた音楽活動を別の形で再開するとか、第一線から少し引いたからこそできる仕事を始めるとか。きっとなんでもいい。

「前みたいに飛べなくても、今の自分にちょうどいい飛び方がある」そんな再解釈をそっと後押ししてくれるのが、「その先へ」のあたたかさだ。

『FYOP』を通して聴くと、多くのファンが感じるのが、7曲目『片翼の風景』と10曲目『その先へ』の関係性だ。

片翼が“不安や祈り”に満ちた曲だとしたら、ラストナンバーは「それでもこの先を生きていく」という決意の曲に聴こえる。

『その先へ』は、その物語の続きを、聴き手それぞれの人生へそっと手渡してくれる。

サウンド面は、とても控えめだ。それでも、聴けば聴くほど「今のB’zにしか出せない味」がにじみ出てくる。

ギターソロは、一音一音に呼吸を込めたようなトーンが印象的で、過剰に語らずとも確かな想いが伝わってくる。キーボードの丸みのある響きは、歌詞に宿る感謝や温もりを静かに照らし、決して主張し過ぎないリズムが曲全体をそっと支えている。

そして何より、稲葉さんの歌声の成熟がこのバラードを決定づけている。寄り添うように息づく声が、積み重ねた年月の重みを静かに受け止め、そっと抱きしめるように響く。

大切な人とのこれからを、改めて大事にしたいと思っている人の心に、そっと手を添えてくれる曲になっている。

ラストに流れるこの曲に、そっと自分の物語を重ねてみてほしい。きっと、派手な感動ではないけれど、明日の朝の空気が、ほんの少しだけあたたかく感じられるはずだ。

「時間と命」に向けられた、静かな敬意

Aメロは、その静かなワンシーンを「旅の始まり」と呼ぶことで、何気ない日常こそが人生の新しいスタート地点になっていくことをそっと示している。

目が覚めあなたがいる
淡い喜び 旅の始まり
隠されているのは
大小のサプライズ
愛に満ちてる合図

淡く胸に灯るような幸福感がある一方で、日々には大小さまざまな出来事が隠れている。

それらを“サプライズ”と柔らかく受け止めているのが、この曲らしいところだ。

うれしいことも、時には心をざわつかせる瞬間も、すべてが人生の彩りであり、今日という一日を形づくるピースになっていく。

この冒頭に漂う空気全体が“愛に満ちた合図”として響いてくる。隣にいてくれる人、変わらず訪れる朝、積み重ねてきた時間──どれも特別なものではないのに、改めて見つめ直すと確かにそこに“愛がある”と気づかされる。

Bメロでは、視点があらためて“今日”という一点へ引き寄せられる。

今日は今日できっと
積み上げられる
ひとコマひとコマを
慈しむよ

“ひとコマひとコマ”という響きには、フィルムを一枚ずつ丁寧に重ねるような、アナログな時間の温度が宿っている。

時間を受け身でやり過ごすのではなく、自分の意志で積み重ねていくものとして描き直している点が美しい。

最後に置かれた「慈しむ」という言葉。背伸びをした前向きさではなく、いまの自分をそのまま受け止めてあげるような、静かで大人の優しさを伴う肯定がそこにある。

サビでは、この曲が抱えているテーマが一気に輪郭を帯びる。

輝き続ける時間と命
泣いて笑って行きましょう
音楽に誘われ
僕らその先へ

ここで語られる“輝き”は、若々しい勢いや眩しさのことではない。どんな日であっても、積み重ねてきた時間そのものに価値を見いだすまなざしだ。

ここで重要な役割を果たすのが「音楽に誘われ」という言葉だ。過去も未来も、音楽そのものが次の景色へ連れていってくれるという感覚が、非常にB’zらしい。

長い年月を肩を並べて歩いてきたB’zの二人にとっても、そしてその音を人生の節々で受け取り続けてきたファンにとっても、音楽はもはや娯楽ではない。

暗がりのなかで進むべき方向をそっと示してくれる、かけがえのない“道しるべ”そのものだ。

そのうえで放たれる『僕らその先へ』という一言は、希望を高く掲げるのではなく、大きな目標に向かうのではなく、自分の歩幅でいいとそっと認めながら、未来へ一歩ずつ踏み出す勇気を静かに胸に灯してくれる。

『その先へ』レビューまとめ

大切な誰かと過ごしてきた日々を見つめ直したいとき。ひとつの節目を越えて、次の一歩を探しているとき。そして、言葉にならない想いを抱えながら、それでも前へ進みたいと感じたとき。

この曲は、あなたの歩幅に合わせて寄り添い、その先へ続く道が必ず“自分のために開かれている”ことを思い出させてくれる。

B’zの二人が積み重ねてきた時間の重みと、聴き手それぞれの人生の温度がふと重なり合う瞬間。

『その先へ』は、そんな“心の静かな転換点”にそっと灯る、とてもやさしいバラードだ。

あなたの明日が少しでも軽くなるように。そして、今日より少しだけあたたかい“その先”へ進めるように。

“その先へ”って深い…!でも今の私の“その先”は、コンビニのスイーツ売り場です!
イカミミちゃん
イカミミちゃん

特典映像

■第75回NHK紅白歌合戦-B’z Special Edition-
イルミネーション
・LOVE PHANTOM
・ultra soul

■ap bank fes ’25 at TOKYO DOME~社会と暮らしと音楽と~
・イルミネーション
・Calling
・ultra soul

■Music Video
・イルミネーション
・鞭

『FYOP』の特典映像は、いまのB’zの鼓動をまっすぐ受け取れる一作だ。

紅白の衝撃も、ap bankの熱気も、2本のMVが映す“光と影”も、一直線に重なり合い、「B’zは今も確かに前へ進んでいる」という確かな手応えを刻みつけてくれる。

胸を張っておすすめできる特典映像だ。観ればきっと、気持ちがひとつ前へ動き出す。

このアルバムを通して感じたこと

『FYOP』を通して強く感じたのは、「情熱を持つこと」は、もう若い頃みたいに真っ直ぐでキラキラしたものだけを指すわけじゃない、ということだった。

“情けない自分”も後悔もため息も、全部抱えたうえで、それでもどこかで「もう一歩だけ進みたい」と思ってしまう。「消えそうになりながらも、なんだかんだまた灯ってしまう不思議な火」みたいな感覚だって、立派な情熱なんだと、少しだけ自分を受け入れられる気がする。

『FYOP』は、そんな誰にも言っていない心の動きや、自分でもうまく言葉にできなかった感情にまで、ちゃんと触れてくれるアルバムだ。

“Follow Your Own Passion”。

聴き終えたあとでは、その言葉の意味が、より静かで鮮明な輪郭を持って胸に響いてくる。

「今の自分にとっての情熱の形を、新しく定義し直すためのアルバム」──『FYOP』は、ふと迷子になりそうなときほど、もう一度手を伸ばしたくなる一枚だと思う。

本記事において引用している歌詞は、すべて松本孝弘/稲葉浩志によるB’zのアルバム『FYOP』に収録された楽曲からの一部抜粋です。著作権は各著作権者に帰属しており、当サイトは正当な引用のもとでこれを掲載しています。著作権に配慮して歌詞全文の掲載は行っておりません。