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“生活のなかで”
タイトルの「LIFE」は、「人生」ではなく、「生活」を意味している。
このアルバムの中、さまざまなストーリーやシチュエーションを通して歌われる喜び、悲しみ、愛、性、不安・恐れ、満足感、挫折・失望、感謝。
人がその生活のなかで感じることは、非常に多様で個人的なものだ。それでも、このアルバムの楽曲で歌われる感情に、きっと共感することができるだろう。
たのしいときだけではなく、落ち込んだり、憂鬱な気分になったときでも、その感情や状況を歌った音楽に出会えれば、ネガティブな体験からでも、きっとポジティブな体験をすることができるはずだ。
このアルバムの「生活」に触れてみてほしい。自身の「生活」を彩ってくれる音楽に出会うことができるかもしれない。
Release:1991.11.27
表現される感情
Wonderful Opportunity / 希望に満ちた
Wonderful Opportunityというタイトルは、「素晴らしい機会」や「素晴らしいチャンス」という意味だ。
このタイトルには、単に言葉通りの意味だけではなく、どんな状況でもポジティブに変換するというメッセージが込められている。
トラブルや逆境など、一見するとネガティブなものでも、それを乗り越えることで、新しい学びや成長のチャンスが得られる。
そんな前向きなメッセージが、ポップなエッセンスを多く取り入れたサウンドで彩られ、多くのリスナーに受け入れられやすい楽曲となっている。
この曲は、自身の抱えているトラブルに対し無力感を感じ、現実逃避をする、そんなシーンから歌い出される。
“手も足も出ないような 悩みに縛られて
ひとりきりむりやり酔っ払って アルバムを抱いて寝た
目が覚めれば気分が悪い
それだけで 何も変わってないね やっぱり”
お酒を飲んで一時的に気を紛らせても、根本的な問題は何も解決していない。そんな現実の厳しさ。
“窓の外すがすがしく 晴れてれば晴れてるほど
哀しくなるのはとても 寂しいことだと思います
僅かな月日で積み上げた
幻を後生大事に拝むのはもうやめた”
このフレーズでは、心の内にある孤独や喪失感が繊細に描写されている。
外観など表面的な明るさと、内面的な孤独や哀しみとのコントラスト。晴れた天気の表面的なポジティブさが、逆に心の寂しさや哀しみを浮き彫りにしてしまうという感覚。
そして、短期間で築いた思いや幻想的な過去への執着。そんな虚しさを手放し、前に進む決意が示される。
そして、この曲のサビでは、次のように歌われる。
“逃がさないで 逃げないで
胸の痛みと手をつないで 明日を迎えよう
イヤな問題 大損害 避けて通る人生なら論外
生きてるからしょうがない
シンパイナイ モンダイナイ ナイナイ
ザッツライフ イッツオーライ”
その場しのぎで、問題や損害から逃げることはできるかもしれない。それでも、人生には避けられない問題がある。
そんな困難を前向きに受け入れ、逃げずに対処する。困難や痛みから逃げずに手をつなぐ。それは、ただ耐えるのではなく、その問題を自分の一部として受け入れ、成長していくということだ。
そしてときには、そんなトラブルをあまり深刻に捉えず、「ザッツライフ」や「イッツオーライ」という楽観的な視点も必要だ。
この曲は、前向きな気持ちやモチベーションを高め、問題と正面から向き合う気持ちを後押してくれるような感覚を与えてくるポジティブなナンバーだ。
TONIGHT (Is The Night) / 愛情のある
タイトルのTONIGHT(Is The Night)は、「今夜がその夜だ」という意味だ。
内省的でありながらも、豊かな愛情が歌われているこの曲は、派手になりすぎない松本さんのギター、またトランペットのメロディが、バラードらしい感傷的な雰囲気を引き立てている。
ロマンチックなシチュエーションをそのサウンドで見事に表現した繊細なバラードナンバーだ。
また稲葉さんの、力強さを控えた穏やかで情感豊かな歌唱も印象に残る。
この曲は、ふたりの関係が高まった瞬間の夜の情熱が歌われている。
“はじけるように抱き合う
硬いベッドは手作り love size
君と過ごす以外に 今夜何ができる”
「硬いベッド」は、日常を象徴しつつ、つづく「手作り love size」という表現が、そこに特別な意味を加えている。
そしてサビでは、幻想的でロマンチックなイメージが強調され、まるで現実を超越するような情景が広がっている。
“ゆれておよいで tonight’s the night
瞳奪い slowly ふたり
星の隙間で 呼吸したら 折り重なる波を滑る
闇の果てまで fly 愛するゆえに high”
「ゆれておよいで」は、ふたりが良い雰囲気の中を漂いながら、お互いを感じ合っている様子が描かれている。そして、互いに見つめ合い、瞳を奪われるほど、ゆっくりと深く惹かれ合っていく。
「星の隙間」は、宇宙や無限の広がりを象徴し、その中でふたりが呼吸をしているようなイメージだろう。「折り重なる波を滑る」は、ふたりが同調し合いながら、愛の波に乗っている様子を詩的に表現している。
ここで出てくる「闇」は、未知や無限を象徴しているのだろう。ふたりが限界のない世界に向かって、高く飛んでいくシーンが描かれている。
愛する人との一瞬一瞬が、どれほど貴重で大切か。特に「今夜」という特別な瞬間に焦点を当てて歌われたこの曲は、共有する時間の儚さも含め、今という瞬間を愛する人と共に、全力で楽しむことの重要さを伝えてくれる。
『快楽の部屋』/ 有頂天
理性や社会的な制約を超え、純粋な感情と欲望に正面から向き合うことの楽しさ。そして、その解放感を伝えてくれるロックナンバーだ。
B’zのシンガーとしてLIVE-GYMで味わう絶頂感と、SEXでの絶頂感とを重ねるように歌われている。
松本さんのギターリフは、曲にスリリングな雰囲気を与え、歌詞の持つ欲望や衝動を表現したサウンドになっている。
ドラムとベースのリズムセクションは、重厚なグルーヴを提供しており、サウンドに安定感と躍動感をもたらしてくれている。これにより、もうひとつのテーマであるLIVE感がしっかりと演出されている。
この曲は、つぎのフレーズから歌い出される。
“鍵をかけたら なにはともあれ脱がしっこしようよ
理性に道徳ほら一枚ずつ
だんだんからだが軽くなる楽園”
部屋に鍵をかけ、社会的な制約や外部からの目をシャットアウトしてしまう。日常生活での仮面や抑制した感情を取り除き、理性や道徳という社会的・文化的な制約を「一枚ずつ」剥がしていく。
現実の世界では難しいことも、この「快楽の部屋」では、それが可能だ。
“羞恥心をロッカーに預けたら
さあ興奮のるつぼにジャンプ”
人が感じる恥じらいや自己抑制、他人の目を気にする気持ちを振り払ってしまう。そして、激しい感情や欲望が渦巻く場所へと飛び込んでいく。
そしてサビでは、つぎのフレーズが歌われている。
“乱れたヘア そのまま踊らせ
なりゆきまかせ 腰をふれベイビー
誰にも真似できない あなたのダンス
キめれば夜空もとろける
Let’s drink the night away!”
ここでは、ありのままの自分で楽しもうとする姿勢が歌われている。乱れた髪を整えることもなく、本能的なリズムに身を委ねる。
結果や状況に対して理性で深く考えずに、自分だけのダンスを楽しむことこそが、自由と快楽の象徴だ。現実や時間の感覚を忘れてしまうほどの感情の高まりや楽しさは、まるで夜空をも溶かしてしまうほどのエネルギーで満ちているだろう。
「Let’s drink the night away!」このフレーズは、文字通り「一晩中飲み明かそう!」という意味で、あとは余計なことを考えずに、夜を通して楽しみ尽くそうというポジティブなメッセージで締めくくられている。
・日常のプレッシャーやストレスから解放されたい
・社会的な規範や他人の目を気にせず、自分らしさを大切にしたい
・何か大胆な決断をする際に、自分の心に従って行動したい
そんな人たちには、ぜひこの曲を聴いてほしい。きっと本能的な行動をとる勇気とエネルギーをこの曲からもらえるだろう。
憂いのGYPSY / 落ち着かない
タイトルの「GYPSY(ジプシー)」とは、定住せずに放浪生活を送る人々を指す言葉だ。
この曲では、主人公が心の中で迷い、感情的にも心が定まらず、愛を求めてさまよう姿を「GYPSY」という言葉で表している。
この曲は、どこか哀愁を帯びたトーンと、切なさを感じさせるメロディラインで演奏される松本さんのギターサウンド。稲葉さんのハスキーで憂いを感じさせる感情的な歌声が一体となり、どこか空間的な広がりを持つサウンドのバラードになっている。
そんなサウンドがリスナーを、その感情的な旅へと誘い込んでいく。
“もしも時が止まり 色褪せない写真のように
すべてがこのままだったとしたら
愛の速度なんか気にせずに
君の胸に抱かれていられるのに”
このフレーズでは、時間の経過による変化、そのことに不安を感じている内心が表現されている。その変化は、当然、いま感じている愛情にも、いずれ訪れるものだ。
愛が今の状態でずっと続けばいいという主人公の切実な願い、また不安や焦りが描かれている。
サビのフレーズでは、孤独感と不安、自信のなさを抱えながらも愛を求める心情が歌われている。
“誰も好きにならないままで
いまどきの夜はもう越せないよ
なにかひとつ守ってゆける
勇気と自信がまだないけど”
「いまどきの夜」とは、現代人の抱える孤独感や、寂しさを表現しているのだろう。愛を求めることと、愛されることへの恐れが同時に存在する矛盾した感情が絡み合い、心の中に深い葛藤が生まれる。
それでも、何か大切なものを守る力や意志を持ちたいという願望がうたわれている。
そして曲のブリッジパートでは、日常の中に潜む小さな幸せや、自己認識を象徴的に描写している。
“夕べの夢の中で僕のジーンズが
泥と埃にまみれていた
そしてそれを面倒臭そうにしかめっつらで洗っている
自分がいた
とても幸せに汗をかいているように見えた
ただそれだけ”
このフレーズの「ジーンズ」は、「普段の日常」の比喩だろう。「泥と埃にまみれる」という描写は、避けられない現実の問題やストレスを表し、「しかめっつらで洗う」は、それに向き合うことの煩わしさや不満を示しているのだろう。
そんな日常からでも充実感や幸福感を感じる。幸せの本質が特別な条件や成功ではなく、今この瞬間を精一杯生きる姿勢にあることを表現しているのだろう。
最後の「ただそれだけ」というフレーズが、この瞬間の純粋さや、無条件の価値を強調している。
この曲の主人公が辿りついたのは、物理的な場所ではなく、心の中での受容や小さな満足感に対する自己認識。このジプシーはまだ安定した場所に、辿り着いたわけではなく、おそらくは、旅の途中にいる状態だろう。
それでも感情的には進展しており、その旅路の先には光が差している予感を感じさせてくれるエンディングとなっている。
自分の内面に向き合い感情を整理したい人、内面的な成長を求めている人には、ぜひおすすめしたいナンバーだ。
Crazy Rendezvous / 興奮状態
Rendezvous(ランデブー)は、日本語では、概ね「デート」という意味で使われていた。「Crazy Rendezvous」というタイトルは、「予想外でスリリングなデート」といった 意味になるだろう。
この曲のオープニングは、車のエンジンがかかり、そのエンジンをふかす音から始まる。そして車が、タイヤのスピン音を響かせ走り出すとイントロが鳴り出す。ちなみに、この排気音は当時の松本さんの愛車であるシボレー・コルベットだそう。
このアメ車の迫力のあるエンジン・サウンド。それが、都会的でスピード感のあるシーンをイメージさせる。この排気音が、この曲で描かれるストーリーのリアリティを補強している。
そしてイントロから一気に、リスナーをこの曲の世界へと引き込んでいる。
松本さんのギターの軽快なカッティング音、明るく華やかなシンセサイザーの音、ノリやすいミッドテンポのダンサブルなリズム。そして稲葉さんの柔らかく滑らかなボーカル。
そのすべてがひとつとなり、この曲のストーリーの背景をそのサウンドで、見事に映像化しているポップロックだ。
この曲は、助手席の女性の驚きと怒りのフレーズから始まる。
“何考えてるのあなた 誘拐だわ これは
助手席で怒り狂ってるけど もう構うもんか”
主人公が計画や予告なしに、自分をどこかに連れて行こうとしているような状況に対し、女性は「誘拐だわ」と表現している。この「誘拐」は実際の犯罪行為というより、状況の過激さや相手の突発的な行動に対する皮肉や冗談混じりのリアクションだろう。
その怒りに対し、主人公は「もう構うもんか」と興奮した感情をあらわにしている。
“単純な気持ちを隠しながら 能書と冗談でひっぱってた
君との会話を変えたいんだ 深夜の高速につきあえよ”
シンプルな恋愛感情を抱きながらも、その気持ちをストレートには伝えられず、これまで、相手との関係をどう進展させるかを悩んでいた。
表面的な話題でその場をつなぐ状況から、関係を進展させるために選んだのは、「深夜の高速」という特別なシチュエーション。深夜の高速道路は、非日常的で、静かで落ち着いた雰囲気があり、その空間で本音を話す機会を作りたいという意図が込められている。
“帰らせないよ 朝が来るまでは 好きなんだからしょうがない
あぶないよ こんなスピードで 飛び降りたら 死んじゃうよ”
「好きなんだからしょうがない」という言葉は、自分の感情に逆らえず、相手とどうしても 一緒にいたいという気持ちを正当化している。
怒りと興奮の感情が交差するスリリングな状況。車のスピード感という要素と結びつくことで、このシーンの緊張感とエネルギーが増幅されている。
“ちょっと落ち着いてきたね 横浜だよここは
スッピンもかわいいけど もしかしたら呆れてるの”
緊張感のあるスリリングな状況から、少し落ち着いた雰囲気に変わっていく。横浜の美しい夜景がふたりを包み込んでいるのだろう。
「スッピンもかわいい」という言葉は、相手の自然な姿を褒めることで、外見だけでなく、相手そのものに惹かれていることを伝えている。
「もしかしたら呆れてるの」というフレーズでは、このドライブではじめて、主人公が相手の気持ちを気にする繊細な心情が表現されている。
“犯罪のようだったドライブも 川を越えて戻る頃
妙に楽しい二人のランデブー ごめんね君は素敵な人”
スリリングで危険な雰囲気を持ったドライブも終盤に近づき、二人の関係が変わり始めた状況が描写されている。「犯罪のようだった」という表現は、非日常的で、緊張感と刺激に満ちた時間だったことを強調している。
「川を越えて戻る」というフレーズは、物理的に川を越えるだけではなく、心理的にも二人の関係が新しい段階に達したことを象徴しているのだろう。
ここでの「妙に」という言葉には、危険や緊張感のある状況だったにもかかわらず、結果的には、その時間が特別なものとして楽しいと感じられるようになっていたことへの驚きと喜びが含まれている。
最後に主人公は、相手を危険な状況に巻き込み、突飛な行動を取ったことに対して「ごめんね」と謝っているが、同時に「君は素敵な人」という褒め言葉も続けている。
自分の行動が相手にとって無理をさせたかもしれないと感じながらも、相手の素晴らしさを 改めて実感している。
最終的には二人の関係が深まり、その関係が進展したことがうかがえる。
90年代のレトロなサウンドでありながらも、軽快かつエネルギッシュなサウンドが特徴の この曲を、ぜひ聴いてみてほしい。
恋愛や人間関係におけるちょっとした「冒険心」や「非日常感」。そんな体験をリスナーに与えてくれるナンバーだ。
もう一度キスしたかった / 思いにふける
この曲は、夏から冬にかけての恋愛が歌われたエモーショナルなロックバラードだ。B’zファンの間でも非常に人気の高い一曲。
曲全体の構成は、徐々に感情を高めていくドラマチックな展開が特徴となっている。穏やかなイントロから始まり、サビに向かって徐々に 感情が盛り上がりをみせる。
クライマックスでは、稲葉さんの繊細かつ力強い歌唱が際立ち、松本さんの感情的でメロディアスなギターソロが爆発的に響き渡る。
とくにアウトロのギターソロでは、別れの感情や未練を表現するようにソロ全体が歌うような抒情性を持っており、その切なさや悲しみをさらに強調している。
そして楽曲全体のエモーションを締めくくるように、最後に響くクリーンなギターの音色が、リスナーをそっと包み込み、その余韻に浸る時間を与えてくれる。
この曲は、ストーリー性のある歌詞となっており、出会いから別れまでの季節が、「眩しい夏」「秋の扉」「白い息」というフレーズで表現されており、リスナーにより鮮明に、その世界観を伝えてくれる。
“眩しい夏につかまえた 強くしなやかな指先
寂しい人ごみの街で 抑えていた恋をぶつけあった”
街は多くの人で溢れかえっているのに、そこにいる人たちとの繋がりはなく、そのことがより寂しさを感じさせる。
そんな人たちとの「間」で、その優雅で繊細な「強くしなやかな指先」と触れ合うことができた。
今まで感じていた孤独や寂しさの中、 夏という開放的な季節の眩しさが、「あなた」に対して抑えていた恋愛感情を解放し、お互いに激しく求め合う。そんな情熱的なシーンが描かれている。
“本気に傷つくこと 恐れない澄んだ瞳が
雨の午前6時に 出て行く僕を包んで”
相手は、本気で愛し合うことのリスクや痛みを恐れず、真摯に向き合う意思を、その瞳に見せてくれている。
「雨の午前6時」というフレーズは、新しいスタートを踏み出す一日の始まりが、悲しみや孤独感に染まっている状況を詩的に表現している。
それでもその「澄んだ瞳が」出て行く主人公を優しく見守り、感情的に支えてくれるように包んでくれる。そんな一時的な別れの切なさが歌われている。
“再会はすぐに訪れ やがて迷いはなくなり
秋の扉たたくまで 心寄せあい歩いてた”
夏の暑さのピークも過ぎ、そこには、秋の気配が漂う。そんな季節の再会に抱く期待感。不安や迷いは時間の経過とともに解消されている。秋が来るまでの時間、お互いに深い感情を共有しながら、共に歩んでいく。
“二人違う場所でしか 叶わぬ夢を持ってるから
わずかな時間しか 残ってないと知っていた”
それでも最終的には、二人の人生にはそれぞれの方向性や目標があり、これからも共に歩んでいく未来は訪れないのだろう。その限られた時間の中で感情や関係を整理しなければならない。
そして間奏からブリッジパートでは、この曲のクライマックにむけて、切ない感情が高まっていき、糸が切れる直前のような張り詰めた空気が、そのサウンドで表現されている。
そしてブリッジパートでは、次のように歌われる。
“木枯らしが過ぎようとする頃 痩せてしまった二人の灯に
誘われてあなたはやってきた 決断を吹きかけるため”
木枯らしは冬の初めに吹く冷たい風を指し、二人の感情の冷え込みや疲弊感を暗示してしているのだろう。
そんな「二人の灯」に、「決断」という風を吹き込む。まだ信じていたい過去の感情や関係。その風は、灯を消してしまうのか。それとも再燃させるのか。
そして最後のサビでは、これまでの関係が終息に向かっていくシーンが歌われる。
“穏やかな笑顔作りながら 出会いを悔やむことはないと
言い聞かせグラスを開けた時 これが最後だと頷いた
白い息さよなら告げた後 車に乗り込んでゆく時
ふりかえるあなたを抱き寄せて もう一度キスしたかった”
吐く息も白くなる冬の季節。「穏やかな笑顔作りながら」という表現は、感情的な痛みを隠し、平静を装っていることを意味している。
そして、その決断に後悔はないと自分に言い聞かせ、最後の乾杯を迎える。
「もう一度キスしたかった」というフレーズは、切なさ、未練、そして深い愛情など、さまざまな感情が凝縮された表現だ。
身も心も冷たくなっていく中で感じる、別れの痛みと切なさ。
別れの際の最後の一瞬まで愛情を伝えたかったというその気持ちは、過去の関係に対する偽りのない深い愛情の証だろう。
この曲は、過去の恋愛や関係を振り返り、感情の整理をしたいと感じている人や、過去の愛を再評価するための気持ちに向き合う手助けを必要としている人に、ぜひおすすめしたいナンバーだ。
B’zの名曲バラードをぜひ聴いてみてほしい。
WILD LIFE / 精力的
「WILD LIFE」のタイトルは「本能的な生き方」といった意味だろう。
現代社会の情報や都会の見栄に捉われず、もっと自然で、本来の自分の気持ちに真っ直ぐ向き合って生きていく。それが、この曲のテーマとなっている。
レコーディングはライブメンバーにより、一発録りされているということで、エネルギッシュでライブ感のあるロックナンバーに仕上がっている。
強烈でパワフルなスネアドラムのサウンド。派手な装飾のないストレートでシンプルなリズムが、曲に推進力を与え、グルーヴ感を生み出している。
松本さんのギタープレイは、曲のテーマを反映しており、テクニカルでありながらも荒々しい演奏がエネルギーを感じさせる。ギターソロは、曲のクライマックスを盛り上げ、楽曲全体のエネルギーを一気に高めている。
そして稲葉さんのボーカルは、感情が乗った歌声で、リスナーへダイレクトに、その思いが伝わるようなパフォーマンスを聴かせてくれる。
この曲のAメロは、次のフレーズから歌い出される。
“もう何も迷わない 安い香水つけない
ハダカにだってなれるよ 愛する君の前なら
(Now I made up my mind)
ここまで来るには それなりの経過もある
ひとにはわからないけど 自信は煙のようだった”
このフレーズでは、自分自身の成長や、内面的な変化を表現している。過去の迷いや不安を克服し、頼っていた虚飾や偽りも捨てる。
「ハダカ」は比喩的に使われており、肉体的な意味というよりも、心をさらけ出すことができるという意味だろう。
「Now I made up my mind」は、英語の挿入で「今、決意を固めた」と歌われている。その決意の根拠となるのは、現在の自分に至るまでの苦労や努力。それを乗り越えてきたという実績とその経験は、自分自身にしっかりと刻まれている。
人の目にはそうは映らないかもしれないが、過去の自信は、煙のように不安定で、すぐに消え去ってしまうような実態のないものだった。
“最新情報に目を奪われ 毎日過ぎるけど
胸が疼いてしまう君が相手じゃ
どんな飾りもしぼんじゃう”
日々の生活が、最新の情報やトレンドに追われ、忙しく過ぎていく現代の状況。どれだけ多くの情報をチェックして、他人の言葉や実体験のない知識、装飾品で自分を大きく見せたとしても、「君」の前では、それが無意味に感じられる。
それほどの本能的で深い感情に胸が疼いてしまう。そんな感情が歌われている。
そしてサビでは、その愛を情熱的に追いかける姿勢が歌われている。
“Wild life(life!)メラメラ燃える恋の矢を握りしめて
Wild life(life!)きまぐれ女 いつも追いかけてゆくよ
誰にも止められないけど
僕は暴走してるわけじゃない”
「恋の矢」は、その矢に当たったものが恋心を起こすという天使が放つ恋の矢を連想させるが、ここでは、自分が握りしめるという表現から、主体的に恋愛に飛び込む情熱的な気持ちを「メラメラ燃える恋の矢」として強調している。
たとえそれが、気まぐれで掴みどころのない女性であったとしても、その姿勢は変わらない。
ただ衝動的に行動しているわけではなく、冷静さや自分なりの理性を保ちながも、それでも周囲からの影響や声に左右されないほど、本能的に突き進んでいく。
そんな情熱的で、自由に恋愛を追いかける姿勢が歌われている。
外見や実態のない世間に縛られず、内面の感情に正直であることに勇気をくれるナンバーだ。
それでも君には戻れない / 孤独
愛する人との関係が終わった後に感じる喪失感や未練。現実を受け入れることが出来ない状態をストレートに歌っている。
主人公の葛藤を、ロックとバラードの要素が巧みに融合したロックバラードで表現したナンバーだ。
過去の関係に戻りたいという願望と、それが実現できない現実との葛藤。過去の感情に向き合い、現実を受け入れるその前段階の切なさ、苦しさをありのまま表現している。
イントロのシンセサイザーは90年代を感じさせるレトロなサウンドながら、それに合わせて演奏される松本さんのギターのカッティング音は洗練されており、レトロモダンな雰囲気に仕上がっている。
Aメロはギター、ベース、ドラムのシンプルなサウンドで構成されているが、Bメロを経て、サビでは、シンセサイザーの音も加わってくる。
またバックコーラスのサポートが、サビのサウンドに厚みを与えている。特にハーモニーが楽曲に豊かなテクスチャーを加え、感情の高まりやメロディーの美しさを引き立てている。
アウトロでは稲葉さんのエモーショナルなシャウトと、松本さんのギターソロが、後悔に揺れ動く感情を見事に表現している。
Aメロは、次のフレーズから歌い出される。
“退屈な晩 ドアを開ければ 君が見当たらない
I don’t know why 気分が楽なのは 冷めていた証拠だろう”
以前ならその「君」がいた場所に「君」がいないという現実。悲しむはずの状況で、自分が不思議と気楽に感じていることに気づく。
それは責任からの一時的な開放感にすぎないが、それは自分の気持ちが既に冷めていたからだと理解しようとする。この時点では、主人公はまだ自分の本当の気持ちには気づいていない。
Bメロでは、その別れを何のドラマもなく、ただ現実的に描いている。
“自分だけが忙しいと勘違いしてる人に
いつまでも合わせらないと テーブルに鍵が横たわる”
自分の都合や生活の忙しさを一方的に強調し、相手の時間や感情に対して配慮のなかった日々。関係の終焉を静かに、しかしはっきりと示すように鍵はテーブルに置かれている。
サビでは、主人公のナーヴァスな感情が表現されている。
“いなくなった君の 影さえもう忘れてる
涙も出ないほど 二人乾いていたの
なぜだかすべてが空しい”
「君」の記憶さえも薄れてきており、別れたこと自体が現実感を失っていく。別れを悲しむどころか、感情が枯渇してしまい、涙すら流せないほど心が乾燥している。
後悔や喪失感が感じられない一方で、何か大切なものを失ったような虚しさが残っている。
そして2番のBメロでは、後悔と、別れた相手への強い未練や寂しさに気づき始める。
“ひとりになりたいと 願ってたことが信じられない
やめたはずの煙草にまで 手を出す始末
I miss you very much”
今はその選択を後悔している心情が表れている。「一人になりたい」と願いが間違っており、なんて軽率だったとのだろう感じている。
煙草は、感情の苦しさや逃避の手段として描かれ、主人公が相手を失ったことによる心の痛みや虚無感を癒すために、再び悪い習慣に戻ってしまっている現状が描かれる。
「I miss you very much」この部分は、英語でストレートに「君がいなくてとても寂しい」と表現され、シンプルながらも感情の核心を突いた言葉であり、相手を失った痛みや寂しさが頂点に達していることを強調している。
そして2番のサビでは、別れた相手への後悔と、その相手を美化してしまう心情、そして、もう戻れない現実に対する葛藤が描かれている。
“いなくなった君が 華やかな影になり
愛しさを増してゆく 疲れた僕の中で
綺麗な君だけが スローモーションで笑いかけ
耐えきれないほどの 後悔の波が押し寄せる
それでも君には戻れない”
「君」の存在は美しく、輝かしい思い出として残っている。その存在が、時間の経過とともに理想化されることで、その大切さをより強く感じるという心理的な連鎖反応。
主人公は感情的にも疲れ切っている。「スローモーションで笑いかけ」という表現は、記憶の中で美化された「君」がゆっくりと、まるで映画のワンシーンのように笑いかけてくる、そんな様子を描いている。
そんな記憶に囚われており、もし戻れるなら戻りたい という感情が溢れている。「それでも君には戻れない」このフレーズは、現実的には「君」に戻ることができないという状況を受け入れようとしながらも、愛情と現実の狭間で苦しむ主人公の葛藤を強く表している。
過去の恋愛に未練や後悔を抱いている人、別れた相手との思い出に浸りながらも、前に進むべきと感じている人には、ぜひ聴いてもらいたい。
感傷的な気分に酔ったり、過去の恋愛に対して考えを巡らせるだけでも、きっと救われることがあるはずだ。
感情的に揺さぶられる歌詞と、メロディの美しさが際立つこの曲は、そんなネガティブな体験に寄り添い共鳴し、リスナーの抱える後悔を少しでも軽くしてくれるだろう。
あいかわらずなボクら / 楽しい
松本さんのアコースティックギターと、稲葉さんのボーカルを中心とした、シンプルかつ心地よいアレンジが特徴のポップソング。
松本さんやメンバーのコーラスも楽しそうで、より親しみやすく、リスナーに寄り添うようなリラックスした雰囲気が漂っている。
アコースティック・ギターの伴奏がシンプルな分、稲葉さんの声にフォーカスが当たり、歌詞の内容やメロディの美しさが一層引き立っている。
あいかわらずという言葉は、今までとおり、いつもと同じように、といった意味を持つ。いい意味でも、わるい意味でも使われる言葉だが、タイトルのあいかわらずも、きっと、いい意味でも、わるい意味でも「あいかわらずなボクら」なのだろう。
変わらない自分を受け入れ、日常の中で感じる喜びや大切な瞬間を大事にしながら、前に進む姿勢が歌われている。
“どこに行ってもいい
道なんていくらでもある
立てなくなるほど考えこむより
行こうよ行こうよ 自分を叫ぼう”
どんな状況でも、自分が進むべき道は一つに限られているわけではなく、自由に進んでいいという解放感が表現されている。
実際に歩き始めてみて気付くこともある。それはいくら考えてみたところで、分からなかったであろう体験だ。体が前に進んでいれば、思考もおのずと前を向く。
“いつでも正しい人なんているのかな
まあ そんなこと たいした問題じゃないネ
行こうよ行こうよ あいからわずなボクら”
人間は常に正しい選択や判断をすることは、できないという現実。誰もが完璧であり続けることは難しく、間違いや迷いがあっても、それが自然であり問題ではないという視点が表現されている。
正しいかどうかは人生の中で、きっとそれほど重要ではない。それでよかったと思えるように行動する、自分自身でその行動を正解にしていく、そんな前向きなメッセージが込められている。
選択に悩んでいる、または人生の方向性に迷っている人に、大袈裟なアドイスをするでもない。そんなこの曲は、肩の力を抜いて前進していこう、そんな穏やかで、リラックスした気持ちにさせてくれる。
ALONE / 穏やか
持続的な愛情や大切な思い出。その消え去ることなく心の中に生き続ける温もりが、夕陽に照らされて美しく蘇る。
タイトルの「ALONE」には、「一人でいること」という意味がある。それでも、この曲が孤独を感じさせないのは、誰しもが胸に抱いている愛や希望が、きっと、いずれ誰かと繋がっていく、そんな前向きな姿勢が表現されているからだろう。
感情的な深みと美しいメロディが切なくも力強く、聴き手の心にそっと寄り添うように響く。B’zを代表する名曲のバラードだ。
ピアノの柔らかな音色が曲全体に流れるように配置され、ストリングスの音が加わることで、サウンドがよりドラマチックになっている。
稲葉さんの感情豊かなボーカルは、感情の起伏を強く表現し、切なさと希望が混ざり合ったような感情にリスナーを引き込んでいく。また松本さんの切なさと哀愁を帯びたギターフレーズは、リスナーの感情を揺さぶり、切なくも温かい共感をさらに高めている。
Aメロでは、ノスタルジックで内省的な感覚が表現されている
“夕焼けの街は激しさをそっと 忘れてる
いつか見た空が僕の心を帰すよ どこかに”
夕焼けとともにそっと消えていく街の喧騒と、かつて見上げたような空。その記憶が心に安らぎをもたらし、迷っていた心を、心のよりどころへと帰してくれる。そんな感覚が歌われている。
2番Aメロでは、過去の思い出や感情に対する懐かしさ、そして共感が込められている。
“色付く舗道は懐かしい風の香り
誰もが胸の奥によく似た夕陽を持ってる”
夕焼けの光で道路が美しく染まっている情景と、特定の匂いが、過去の記憶や感情に結びつく、そんな瞬間。愛した人と共有した時間や思い出、温もりや切なさ、儚さに心が揺れる感情を、普遍的な夕陽として象徴することで、リスナーの共感を引き出している。
2番Bメロでは、色褪せることなく変わらない感情や思い出が表現されている。
“枯れることを知らない 涙の色は今でも
夢を語った あの頃と同じ”
青春の頃の純粋さや情熱、そしてそれに伴う感情が、今も心の奥にしっかりと刻まれている。鮮やかに息づいている感情を感じ取れるフレーズだ。
そしてラストのサビ。
“Alone 僕らはそれぞれの花を
抱いて生まれた 巡り合うために
Alone 恋に落ちてゆけばひとり
光にさらして この心焦そう
You’re gone いつまでも 歌い続ける声は
どこまで届くだろう 今 君に 逢いたい”
「花」は、それぞれ個人の特性を意味しているのだろう。そして「巡り合うために」と続くことで、最終的にその人生で誰かと出会い、何かを成し遂げるために生まれてきたという運命的な視点が表現されている。
愛する人との関係の中で、孤独や不安も感じることもある。それでも、心の内側を「光にさらして」感情を隠すことなくありのままの自分を見せる。たとえそれによって心が疲れたり、傷ついたりしたとても。
その声はどこまで届くのか。愛する人はもう自分のそばにいなくても、想い続けることで、いつの日か再び会いたいと願う切実な気持ちが歌われている。
孤独を感じながらも前向きな気持ちを持ちたい人にとって、この曲は励ましと共感を与えてくれるだろう。
B’zのことをこれからもっと知りたい人にも、彼らの音楽の多様性と深い表現力を体感できるこの曲は、ぜひおすすめのナンバーだ。
最後にぜひ、こちらのスタジオライブの動画をみていただきたい。
好きなんだからしょうがない。