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「只者」それは、「何者でもないひとりの人間」
59歳になってうたわれる12曲の「稲葉浩志」の生き方。
私たちが知っているスポットライトなかで歌っている稲葉さんは、その生活のなかで切り取られた一瞬にすぎない。
人をうらやましがったり、喜んだり、そんな「普通」の喜怒哀楽がこの12曲にはある。
B’zのシンガーという鎧を脱ぎ、力を抜いて「只者」としての自分に向き合いながら、より鮮明に言語化された感情と、飾りすぎない音。
年を重ねることでたどり着く景色。
自分を肯定し、勇気をくれる。きっと、そんなフレーズに出会うことができるだろう。
Release:2024.06.26
表現される感情
ブラックホール /もどかしい
このアルバムのオープニングを飾るのは、荒々しいサウンドのロックナンバー。
“暗闇を見つめた 穴があくほど”
こうして生まれたブラックホール。きっと強い重力で、光さえ吸い込んでしまうのだろう。
これとは違う人生、厄介なパズル、曖昧な悲しみ、出られない居心地のいい場所。
“暗闇は自分の中 それを抱きしめた”
このフレーズでは、そのブラックホールのような暗闇を認め、それをボジティブでも、ネガティブでもなく、素直に肯定している。
まさに、1曲目にふさわしいナンバーだ。
Starchaser / 集中
Star-Chaser/星追う者。
“薄い闇に煌めく
数え切れぬ光の粒
なんかくすぐる
それは燃え尽きてしまった
遠く儚い夢だろうか
自分に問う”
そのように歌いだされるこの曲は、自分にはもうその光がないのかと、問いかけるところからはじまる。
普通に歳を重ねていくと、たとえば20代、30代の頃と同じように、恋愛感情は抱けないだろう。それはけっして異性に対してだけではなく、いろいろなものにたいしてだ。
では、そんな光の粒を眺めたままで、おわるのか。そんなことはない。
“冴えない自分にその目を凝らしてみて”
このフレーズでは、追うべき星は、まだ自分の中にある、という確信が表現されている。
もっと自分を光輝かせよう、とかそんな誇張は含まれていない。あくまでも自然にあるはずの、きらめいている光。
“泣くな どんなエンディングだとしても
僕はまだ星追うも者のひとり”
Stray Hearts / うろたえる
“息遣いはすぐそばに
聞こえるのに触れられない”
このフレーズでは、そんなふたりのすれ違っている状況に、うろたえる感情があらわされている。
“教えてあとどのくらい
迷える心抱え歩く”
なんとなく話しかけられない、その背中が遠くに感じる。きっと「あなた」はすこし先で、その背中に指先が届かないほどの距離感で歩き続けているのだろう。
それでも何かを信じたい希望。 自分も立ち止まることはない。「なに」がふたりの距離を縮めるのだろう。解けることのないなぞなぞ。正解はわからない。
それでも自分がとる行動は決めてある。
“手を繋ぎ抱き寄せる
雑なくらいの愛の仕草”
それでも、すぐに駆け寄っていくことはない。
“振り返り 笑い合う場面
ふたりとも覚えてる”
本当は互いにもっと 寄り添いたいと思いながらも、迷える心を抱え歩きつづける。
この曲はTHE FIRST TAKEで披露されている。 ぜひその動画もチェックしてみてほしい。
我が魂の羅針 / 満ち足りている
その信念が歌われる壮大なバラード曲。
物事を進めるべき道を「君」という羅針が指してくれる。そしてその羅針に照らし合わせて行動すれば、嵐の中でも迷うことはない。
さまざまなことが、その世界をかえていく。人間は弱い生き物だ。信念のない人ほど、目先の利益に走ったり、恐怖から逃げ出し、その都度、自分を正当化する。
“確かなその温もり
今もこの手に残り
それはずっと それはずっと”
魂に宿る火の、その温もりは消えることはない。
VIVA! / 生き生きとした
VIVAとは、「生きていることを祝う」といった意味を持つ言葉だ。
“君の目も潤んじゃう
かつて愛した流行歌
束の間のこの世に喝采”
人の記憶と音楽は結びついている。
涙が浮かぶほどのさまざまな思い出が、その流行歌によって蘇る。いいことであったかもしれないし、よくないことだったかもしれない。
そんな記憶もいま思えば、束の間だった。そんなこの世の短さに、儚さに喝采をおくる。
“ろくなニュースがないのは
今も昔も似たようなもの”
けっして昔を美化しすぎることはない。
人生にはおわりがあること。1秒すらも尊い。そのことに対する焦燥感はなく、この曲は、生き生きとした感情で歌われている。
“まだまだいい曲は続くよ
抱き合えば何もかもがVIVA!
止まらない”
NOW / 興奮状態
興奮状態のエネルギーが溢れ出すロックナンバー。
“この声が消え去るまで歌う”
曲の最後は、このフレーズで締めくくられる。歌うこと、歌えるということが、自分の人生の足場である。
“飛び交う流れ星
ひび割れる町
震える手を握りしめて”
しかしその足場の安全は保証されていない。それでもその不安定さに揺らぐことなく、立ち続けていく。
もう戻らない瞬間を、この曲では 「NOW」という物質で表現している。
“なぜそうしたんだろう
なぜそうしなかったんだろう
無数の悔いを飲み込んで
記憶の群れを薙ぎ倒して
時は濁流となる”
そして、自らが生み出した「NOW」の濁流の中、それでも足を踏みしめ、歌い続けることで、生きていることへの実感が溢れ出してくるナンバーだ。
空夢 / がっかりする
空夢とは、夢に見ても実際は そうならなかった夢。
そんな夢を見た息苦しさが歌われるバラード曲。
だれだって幸せな夢を見たことはあるだろう。目が覚めればいつも通りの現実。背中の羽なく、勇敢に戦ったはずが掠り傷さえ無い。その夢で感じた感情だけが残っている。
“こんな夢なら
何も見ない方がマシです
こんな哀しい夢なら暗闇を
さまよう方がマシです”
このフレーズのネガティブな感情が、稲葉さんのシンガーとしての歌唱力で、リスナーの胸を締め付けるほどのリアリティをもって表現されている。
理想の誰かにも、自分にもなれることはない。希望なんて抱くから、失望する。みんなそんなもんだ。
そんなふうに分かったつもりで自分を正当化しても、あの日の夢が、その痛いほどの希望を突きつけてくる。
“目が覚めれば 体はどんより
涙の痕 それだけがある”
ある日突然、夢のような自分になれることはない。目を閉じていても、その夢に苦しめらるなら、その現実の中に、その夢をみよう。それは地道で、長い道のりだろう。
“少しずつでいい
新しい自分になってみたいよ”
Chateau Blanc / 興奮した
タイトルは、フランス語で、“hateau”(シャトー:お城)“Blanc”(ブラン:白い)という意味だ。
“キッチンで待ち合わせよう
ガッチリカギかけよう”
このフレーズから歌いださるこの曲は、シンプルにセックスがテーマだ。
“白い城に響くのは
あなたの無防備な声”
交わる場所は、白いベッドではない。柔らかさも、安心もない白い城で、荒々しく表現される愛情。
“床を鳴らし 壁にぶつかりなさい
罪を告白なさい
惜しまず叫びさない
自由自在に歪んでごらんなさい”
生きていくうえで、避けては通れない性も、このアルバムでは隠すことなく歌われている。
この曲は、そんな「只者」としての稲葉浩志を、より鮮明にリスナーに届けてくれるナンバーだ。
シャッター / 幸せ
シャッターできりとられる瞬間。
“乱暴な風が急に
せっかくの前髪を
乱しては消えてゆく
仕方ない苦笑い”
そうして残る1枚の思い出。
今の若者なら、きっとその場でカメラの画像をチェックして、気に入らなければその画像を消して、自分の納得のいく写真を撮り直すのだろう。だが、その瞬間には気づくことができなかった幸せが、あとで見返すと写っていたりする。
ベストショットで溢れるタイムライン。だけど、人生のシャッターがきられ記憶に残るタイミングは、そうでないときの方が、きっと多い。
“泣くこともある
悔やむこともあるでしょう
たとえ全てが変わっても
私たちはいつまでも私たちのままで”
それは眩しさも忘れて、お互い恥じらいながら、うつした写真。あぁ、あなたは、こんな表情をしていたんだ。
思い出が幸せな感情で満たされた、 心温まるバラード曲だ。
BANTAM / 衝撃的
バンタムは、小型種のニワトリ(チャボなど)の呼称。そしてその名を冠した、稲葉さんの愛車のカスタムバイク「BANTAM」がタイトルの由来とのこと。
稲葉さんの「物静かさの中にある力強さ」をイメージして組まれたバイク。そんなイメージがピッタリの、等身大の自分の中のエネルギーが、衝撃的に歌われたロックナンバーだ。
だれかを羨ましく思うことはある。
“敵わぬ才能
指咥えて見てる
隠しきれぬ苛立ち”
そんなマイナスなエネルギーを どうやって消化するのか。
その方法はいたってシンプルで、「行動」することだ。無理に自分をデカく見せることはせず、この身の丈で戦う。
“追いすがれど 恋焦がれど
すり抜けてく夢の Shape
足りないなら まだ錆びてないなら
千回でも繰り返せ 繰り返せ”
1回や2回の挫折なんて、当たり前の話で、だったら千回でも繰り返せばいい。
そのエンジンが錆びついてしまわなければ、走り続けることで辿り着ける場所がある。
人から見れば物静かな自分の中にも、「BANTAM」のような力強いエンジンを、誰しもが搭載している。燃費なんて気にせず、心臓を1000回転させるエネルギー。
そんな勇気をくれるナンバーだ。
気分はI am All Yours / 至福
爽やかなエレキギターのカッティングから、その至福な気分が、軽やかに歌い出される。
すべてはあなたのもの。その喜びで満たされた感情が、 素直な言葉で歌われている。
長い夜も、その姿を想像してしまう。その姿は、けっして幻想なんかじゃない。
“濡れた髪をいじって
遊んでいると鼻歌まじり
バカなヘアスタイル
見えちゃいないけど
想像できる やっぱ見たい”
“ゴクンて水を飲み干す
その喉を思う”
より身近なところ、細部に感じる愛情が、飾ることのない言葉で表現でされたラブソングだ。
cocoa / 疲れている
イントロで、大きなため息が漏れる。
テレビでは悲しいニュースが流れていても、自分には何もすることはできない。
同じ出来事でも、どの視点からそれを捉えるかによって、全く異なる解釈や感情が生まれる。銃を撃つ側、銃で撃たれる側。映像や報道の切り取り方によって、その正義がどう見えるかが変わる。
そんなふうなウソとマコトに葛藤を感じている。
“イイウソ ワルイウソ 勝手にしやがれ
君が電話に出ないのはナゼ?”
そんな居心地の悪さ。ココアのカップから立ち上る香りを感じ、一口すすって、ねむりにつこうとする。
“時に甘ったるく 時に苦々しい
テーブルの上に置かれた真実”
自分は普通の人間である。