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変わりたいのに、劇的には変われない。そんな僕らのためのアルバム。

B’zのボーカリスト・稲葉浩志が、2002年10月9日に放った2ndソロアルバム『志庵』。

タイトルは、レコーディングを行った自身のプライベートスタジオの名前だ。

作詞も、作曲も、プロデュースも、すべて稲葉浩志本人。収録曲のほとんどでギターまで自ら弾いた、限りなく”ひとり”に近い12曲。

シングル曲は一曲も入っていない。それでもオリコン週間チャートは初登場1位——シングル未収録アルバムでの2作連続首位は、当時史上初のことだった。

でも、この作品の本当のすごさは、数字では分からない。

岡山弁で自分を叱る曲がある。深夜のファミレスで夢を語る曲がある。バカ騒ぎの夜の曲があり、囁くような官能の曲があり、世界平和への祈りの曲がある。そしてそのどれもが、深刻なことを、深刻な顔で歌わない。

12曲を通して聴くと、あることに気づく。このアルバムの主人公たちは、誰も劇的には変わらない。「逃げられない」が「逃げない」に。「戻れない」が「戻らない」に。——たった一語だけ、変わる。

でも、人が本当に変わる瞬間は、実はそのくらいの大きさなのかもしれない。

この記事では、『志庵』全12曲を一曲ずつ、感情を切り口にレビューしていく。

あなたの一語が変わる曲が、この中にきっとあるはずだ。

Release:2002.10.09

本記事では、稲葉浩志のアルバム『志庵』に収録された各楽曲について、歌詞の一部を引用しながら、その表現やメッセージについて考察しています。引用にあたっては、著作権法第32条に基づき、正当な範囲での引用を行っております。

【やる気がある】×『O.NO.RE』

静かなブルースハープの音色が、アルバムの扉を開ける。

その静けさを切り裂くように、荒々しいハードロックサウンドが一気に炸裂する。

静から動へ——この落差が最高に気持ちいい。轟音の上にさらにブルースハープが重なって、テンションは一気に引き上げられていく。B’zではない。イントロを聴いただけで、これは稲葉浩志ソロの音だと分かる。

タイトルの「O.NO.RE」は、「己」。

頭の中で勝手に自分の限界を決めて、その檻の中で安心してしまう——そんな自分自身と正面から向き合う曲だ。

喉を絞るように叫ばれる岡山弁のサビが、一度聴いたら忘れられない強烈な印象を残す。『志庵』というアルバムの開幕を告げるにふさわしい、剥き出しの一曲。

「逃げられない」が「逃げない」に変わるまで

Aメロで、サウンドは一度ぐっと抑えられる。

どうしたらねぇ いかした人間になれる?
まだまだ奥は深いのう
アタマん中で限界値を設定して
型にはまってほっとしてる

歌声も、この問いを自分自身に投げかけるように、何かを抑え込んだまま低く這っていく。「どうしたらねぇ」「奥は深いのう」という、ぼやきにも似たゆるい言葉選びが絶妙だ。

肩肘を張った決意表明ではなく、ふと口をついて出た独り言のような距離感で、この曲は始まる。

頭の中で勝手に限界値を設定して、型にはまってほっとしてる——これは、誰の姿だろうか。挑戦しない理由を先回りして用意して、その檻の中で安心している。自分で自分を縛っていることにすら、気づかないふりをして。

そして「ほっとしてる」というフレーズで、抑え込んでいた感情が爆発するような歌声が響き、サビで一気に弾ける。

オノレを知れ そんで強くなれ
I can’t get away そうオレは静かに燃える
身のほどを知れ 力を抜け
You can’t get away やりたきゃやりゃええんじゃやりゃええんじゃ
やらずに悔やむよりゃええ

知れ、なれ、知れ、抜け——命令形の連打だ。しかしこれは他人への説教ではない。Aメロで檻の中の自分を直視した男が、自分自身に飛ばす号令だ。

だからこそ「身のほどを知れ」の直後に「力を抜け」が続く。身の丈を知ることは、あきらめることではない。等身大の自分を受け入れて、余計な力みを手放すことなのだ。

そして轟音の真ん中で宣言されるのは、「静かに」燃えるという矛盾。外側では音が暴れ、内側では決意が静かに熱を持つ。この内外の温度差こそ、『O.NO.RE』という曲の体温だと思う。

「やりたきゃやりゃええんじゃ」——喉を絞るような歌声で叫ばれる岡山弁が、最高にかっこいい。普段は綺麗な標準語で話す稲葉浩志が、故郷の言葉をむき出しのまま叫ぶ。飾らない、等身大の言葉。

「オノレを知れ」というメッセージと、方言という選択が、完璧に噛み合っている。締めの「やらずに悔やむよりゃええ」も含めて、このサビは完璧であれとは一度も言っていない。やって後悔するほうがまだいい、という不器用な背中の押し方だけがある。

そしてラスサビ。荒々しいサウンドとエネルギッシュな歌声が、感情と決意の高ぶりをダイレクトに届けてくれる。

ここで、英語のフレーズがそっと書き換えられていることに気づいてほしい。

I can’t get away(逃げられない)が、I won’t get away(オレは逃げない)に変わっているのだ。逃げられないという嘆きが、逃げないという意志に変わる。この一語の変化にこそ、この曲の核心が宿っている。

この曲にギターソロはない。代わりにテンションを引き上げるのは、稲葉浩志自身が吹くブルースハープだ。アウトロでもハープの音が熱を放ち続け、最高潮のテンションのまま曲は駆け抜けていく。そして最後は「オノレを知れ…」というシャウトが響き渡る。

ギターヒーローの不在を、自分の声と息で埋めていくこの構成こそ、最高に稲葉浩志ソロらしい。

『O.NO.RE』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、頭の中で勝手に限界値を決めて、型にはまってほっとしている自分に、少しでも心当たりがある人だと思う。

この曲はその安全圏を、轟音とともに揺さぶってくる。説教ではなく、「やりたきゃやりゃええんじゃ」という背中の叩き方で。

ビズくん
ビズくん
PVで上半身裸の稲葉さん見て、俺も脱いで鏡の前で腹筋に力入れて立ってみた。そこにいたのはO.NO.REの稲葉さんじゃなくて、力を入れてもへこまない、ビール育ちのO.NA.KAでした😭

【ありがたい】×『LOVE LETTER』

イントロは、ストリングスとアコギの音。その中でそっと鳴る、エレキのアルペジオ。バラードのように優しいサウンドで、この曲ははじまる。

轟音で幕を開けた『O.NO.RE』から一転、アルバムは2曲目で、ぐっと体温を変えてくる。

ただ、これはただの優しいバラードではない。サビに入った瞬間、洗練とはほど遠い、剥き出しのロックサウンドに切り替わる。

穏やかさと荒々しさのあいだを、この曲は何度も行き来するロック・バラードだ。

タイトルは『LOVE LETTER』。けれど、これはたぶん恋の歌ではない。歌われているのは、しばらく会っていない大切な誰かへの、照れくさくて言えずにいた想いだ。

その「誰か」が明かされることは、最後までない。「兄」に宛てた手紙だという解釈もファンの間ではよく知られているけれど、それも含めて、宛先は聴き手に委ねられている。

優しい手紙の文面に、剥き出しの本音が鳴っている

Aメロは、その情景を思い浮かべるように、優しい歌声で歌われていく。

今頃あなたは忙しく 仕事をしてるでしょう
僕は長びいた風邪がやっと 治りかけてるところ

たまには声を聞きたいと 思ってみるけれど
ついつい横着してしまう お互いさまですよね?

相手の近況を推し量って、自分の近況を報告する。これは手紙の書き出し、そのものだ。

「お互いさまですよね?」——親しい相手のはずなのに、少しだけ敬語まじり。このよそよそしさが、二人のあいだに流れた時間をそっと物語る。責めるのではなく、「お互いさまだ」と笑い合う優しさも込みで。

そしてサビで、サウンドが一変する。

たたきつける 雨の中も平気で
あなたを探したあの頃と 何も変わってないよ
大切な思い出は僕に 情熱をくれたんだよ

鳴り響くのは、荒々しい、剥き出しのロックサウンド。その上で、あの頃の記憶がどれほど大切なものかを胸に刻み込むように、力強い歌声が響く。

穏やかな「現在」はバラードで、思い出が蘇るサビはロック。手紙の文面がどれだけ穏やかでも、書いている本人の胸の内は、こんなにも熱い——サウンドの切り替わりが、それをそのまま音にしている。

そしてサビの最後の一節、「情熱をくれたんだよ」で、音はまた穏やかなバラードへ戻っていく。昂ぶった感情が、静かな感謝に着地する瞬間。この温度の下がり方が、たまらなく優しい。

2番の話題は、野球だ。「今年の野球はどうですか? たぶん怒ってるでしょう」——たった一行で、テレビの前でぼやいている相手の顔まで浮かんでくる。二人は、こういう何気ない話題で繋がっている。この解像度の高さも、この曲の魅力だ。

サウンド面では、2番のサビ直前にギターのハウリング音がそのまま残されている。作り込みすぎない、生々しい手触り。手書きの手紙の、消しゴムの跡のようなものだ。

そしてブリッジ「時が流れても——」からは、激しいロックサウンドとストリングスが融合して鳴り響く。そこに稲葉浩志の優しい歌声が溶け込んでいって、聴いているこちらも思わず感傷に浸ってしまう没入感が生まれる。

ラスサビで歌われるのは、人があふれ行き交う駅で「あなた」がつぶやいた言葉。その言葉の中身も、やっぱり明かされない。この曲は大事なところをぜんぶ、聴き手の記憶に預けてくる。

あるがままでいる勇気を あなたはくれたんだよ
今なら照れないで言えるよ 心から I Thank You

そして最後は、「心から I Thank You」——飾らない感謝の言葉で、この手紙は結ばれる。

思えば、風邪の報告も、野球の話も、雨の日の思い出も、ぜんぶこの一言のためにあった。

たった一言の感謝を伝えるのに、人はこんなにも遠回りをする。でもきっと、大切な相手ほど、そういうものなのだと思う。

『LOVE LETTER』レビューまとめ

の曲が深く響くのは、大切な人ほど、ついつい連絡を横着してしまう人だと思う。家族でも、旧友でも、昔の恩師でも。

この手紙の宛先は、聴くあなた自身が決めていい。

たまにはスタンプじゃなくて、ちゃんと自分の言葉で『ありがとう』って伝えようと思いました✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【ぞくぞくする】×『Touch』

静かなピアノの音色から、この曲は目を覚ます。

そこへ「wow その瞳——」と力強い歌声が飛び込んできて、ドラムがリズムを刻みはじめる。漂うのは、どこかジャジーな大人の空気。

『志庵』のなかでも異色の、色気をまとったナンバーだ。

そしてこの曲のセクシーさには、はっきりとした仕掛けがある。聴き終わる頃には、その正体が分かるはずだ。

囁く「Touch」ひとつで、耳元まで引き寄せられる

まっすぐ目をそらさずに微笑みかけてくる「汚れなき人」。Aメロのジャジーな空気のなかで、その人への想いがくすぶっている。

Bメロに入ると、シンセサイザーが優しい空間をつくり、「この気持ちは何なんだろう」という戸惑いがそっと歌われる。飛び込む直前の、深呼吸のような時間。

そして、サビで一気に想いが解き放たれる。

言ってしまおう あぁ あなたが欲しい
どんな花よりも僕を魅きよせる
この場所から今飛び立って あなたにあげましょう
濡れるようなTouch

ストリングスとコーラスで厚みを増したサウンドの上で、「あなたが欲しい」が力強く響き渡る。

ところが、サビの最後、タイトルでもある「Touch」の一言だけは、囁くような歌声で歌われる。

ここがこの曲の核心だと思う。想いは、遠くからでも叫べる。でも「触れる」ことは、ゼロ距離でしか起きない。

この一言だけ音量がすっと絞られるとき、聴き手は主人公と一緒に、相手のすぐそばまで引き寄せられているように感じる。

そして2番のサビでは「濡れるようなTouch」が「泣けるようなTouch」に変わる。触れたい理由が、身体の疼きから心の渇望へ。一語の入れ替えで、欲望が深くなっていく。

ブリッジで、バンドサウンドとともに曲は明るいメジャーへ転じる。夢の中で燻っていた想いが、初めて現実のほうへ飛び出していく瞬間だ。

明け方の夢の中だけじゃなくて
文字だらけの画面の中でもなくて
何気にハミングする声でもいい
できればその手をとって伝えたい

ねぇ愛してるの? yeah それは本当なの?

それにしても、「文字だらけの画面の中でもなくて」。2002年に書かれたこの一行は、画面越しのやりとりばかりになった今のほうが、ずっと切実に響く。

直後、「ねぇ愛してるの? それは本当なの?」で曲は再びマイナーへ沈む。ピアノとウッドベースの静けさに、その問いだけが浮かんでいる。

ラスサビで、サウンドと歌声が最高潮に達していく。

最後の「泣けるようなTouch」は、これまででいちばん優しく、いちばん静かに歌われる。本当に耳元で囁かれているようで、ぞくりとする。

囁きというのは、すぐそばにいる相手にしか届かない声だ。曲中でいちばん小さく歌われるこの「Touch」は、いちばん近い距離で歌われている。あれほど遠くから叫んでいた「あなたが欲しい」が、最後には耳元まで来ている。

そして余韻のなか、ジャジーなサウンドに稲葉浩志のハミングがそっと重なり、最後はイントロと同じ、静かなピアノの音で幕を下ろす。

『Touch』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大切な想いほど、言えないまま見送ってしまったことのある人だと思う。

言えなかった一言は、消えてなくならない。ふとした夜に、胸の奥で疼き続ける。この曲はその疼きにそっと触れて、「言ってしまおう」と、もう一度だけ火を灯してくれる。

画面越しの言葉なら、いくらでも送れる時代だからこそ。手をとって、声で、体温で伝えたい——その願いが、たまらなく愛おしく響く。

ビズくん
ビズくん
俺も『Touch』って囁いてみたら、あの子との距離が逆に遠のきました✋️😭

【落ち着かない】×『TRASH』

ざらついたギターリフが鳴る。そして次の瞬間、同じリフに、バンドの音が一斉に重なる。厚みを増したそのサウンドが、ハードロックの塊となって一気に炸裂する。

アルバム『志庵』で、もっとも激しく、もっとも速い3分半のはじまりだ。

タイトルの『TRASH』は、ゴミ、がらくた。歌詞の言葉を借りるなら「無駄な経験」。この曲の男は、自分の夜をそう呼んでいる。

歌われるのは、夜ごとの宴で騒ぎ倒す男。陽気な男前を演じて、やりたい放題で、喉はガラガラ。でもこの曲の本当の主役は、騒ぎの奥に隠れているもうひとりの自分のほうだ。

強がりの轟音の奥に広がる心の空洞

Aメロは、荒れた心をそのまま鳴らすようなテンションで駆け抜けていく。

そしてBメロで、サウンドに少し広がりが生まれ、歌声が伸びやかになる。騒ぎの中で、ふと自分の心を見つめてしまう瞬間。剥き出しの本音が喧騒のなかにさらっと埋め込まれていく。

2番で描かれる宴は、痛々しさを増していく。

味もわかんないで ワインを流し込んで
踊れないのにステップやたらめたら踏んで
無駄な経験なの バカにもなりきれないの
トイレの鏡に話しかける

酔いつぶれて、何もかも忘れられたら、どれだけ楽だろう。でも、どれだけ飲んでも騒いでも、宴の隅にはもう一人の醒めた自分がいて、はしゃぐ自分を黙って眺めている。

だから男は、バカ騒ぎの真ん中で席を立ち、トイレの鏡に話しかける。鏡の中にいるのは、さっきから自分を眺めていた、あの醒めたもう一人だ。

「どこかに連れ出してくれ」——2番のBメロの最後、この叫びとともに、曲はようやくサビへなだれ込む。

ここにいてくれりゃいいのに
それでなんでもうまくいきそうで
でも僕らはもうどこにも戻れない

そう、この曲、サビが来るのは曲の後半に入ってからなのだ。この構造そのものが、強がりな男の心の順序をなぞっているようだ。

願いは、たったこれだけだ。おまえがここにいてくれたら、それだけで、なんでもうまくいきそうな気がする。もちろん、そんなはずはない。でも大切な人を失った直後は、人生のあらゆる不調が、その人の不在のせいに思えてしまうものだ。

そして、さりげなく切ないのが「僕ら」という言葉だ。よく見ると、「僕はもうどこにも戻れない」ではない。「僕らは」、なのだ。

関係はとっくに終わっているのに、この男の中で、二人はまだ解散していない。心の中にはまだ「僕ら」がいて、でも、その「僕ら」が一緒に帰れる場所は、もうどこにもない。

間奏では、ギターにスクラッチのようなノイズ音が絡みつく。綺麗に鳴ってくれない、ささくれだったその音は、この男の心のざらつきを、そのまま音にしたようだ。

そしてラスサビ。歌詞は同じ——ように見えて、最後の一行だけが違う。「どこにも戻れない」が、「どこにも戻らない」に変わっている。

「戻れない」と歌っていたあいだ、男は本当は戻りたかったのだ。戻りたいのに、戻れない。だから騒ぐしかなかった。

でも「戻らない」と歌った瞬間、決めているのは男自身になる。戻れないのではなく、自分の意志で、戻らない。

ずっと引きずってきた過去に、最後の一行で、男は自分から区切りをつけたのだと思う。

『TRASH』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、つらい夜ほど、平気なふりで騒いでしまう人だと思う。

はしゃいで、飲んで、笑って。誰より大きな声で笑っているのに、ふと「何やってるんだろう」という声が頭の奥で聞こえてしまう——そんな夜は、誰にでもある。

そんな夜に効くのは、優しい慰めの歌じゃない。

ざらついていて、どこか泣きそうなこの轟音——あの夜、胸の中で鳴っていたのは、きっとこういう音だ。

踊れないのにステップやたらめたら踏んでる稲葉さん、想像したら普通にかっこいい気がする✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【希望に満ちた】×『Overture』

穏やかなピアノに合わせて、優しい歌声が聴こえてくる。

ピアノの静けさから始まるこの曲は、やがてストリングスを従えた、壮大なロックバラードへと広がっていく。ファンが”稲葉ソロのバラード”を語るとき、必ず名前が挙がる、アルバム屈指の美しいメロディを持つ名曲だ。

タイトルの『Overture』は、”序曲”という意味。オペラやミュージカルの幕開けに演奏される、始まりの音楽のことだ。

歌われているのは大切な人との終わりなのに、タイトルは始まりの曲——なぜか。その答えは、聴き終わる頃にはっきりと分かる。

『名探偵コナン』のエンディングテーマにも起用された。コナンでこの曲に出会った人も多いはず。

でも、この曲の本当の姿はアルバムの流れの中でこそ見えてくる。どこにも戻らないと騒ぎ倒した夜の、その翌朝に鳴る音楽なのだと思う。

終わりは、始まりの序曲になる

止みそうもない雨。窓辺に飛び散る滴。遠く綺麗にぼやける、鳥の声とエンジンの音。Aメロの歌声は、その情景を鮮やかに浮かび上がらせていく。

大切な何かを失った直後の、世界が膜一枚向こうに感じられる朝だ。

Bメロで男は、煙草など一本吸ってみる。——「など」の一語に、気が紛れるなら何でもよかったことが滲んでいる。一瞬だけ楽になった気がして、すぐに醒める。何をしても、効かないのだ。

そして「うまく笑えない」で、歌声が一気に力強さを増す。シンバルの音が緊張感を高めて、曲はサビへ雪崩れ込む。取り繕うことに失敗した、その瞬間に音が張り詰める。

It’s over 終わったんだよ
何かを始める時なんだよ
So lonely そして戸惑う
君が見当たらないことに

ストリングスも加わった壮大なロックバラードのサウンドに、感情の乗った伸びやかな歌声が響き渡る。

注目してほしいのは、このサビの二行目だ。「終わったんだよ」のすぐ隣に、「何かを始める時なんだよ」が置かれている。

終わりと始まりが、最初から同じサビの中に同居している。

2番のAメロからは、アコギとリズム隊が加わって、爽やかさと重さを増したサウンドで進んでいく。

胸をはってひとりになって、清々しいはずだった。なのに恋しいのは、「自由を求めもがくエネルギー」——欲しがっていた頃の自分自身。やっと手に入れた夢に、逆に飲み込まれていく。

追いかけているあいだ、夢は前方に見える光だった。それが手に入った途端、自分をすっぽり包み込む大きさに変わる。目指していた場所の内側に立ってしまえば、もう目指すものがない——男は、勝ち取った自由のまんなかで立ち尽くしているのかもしれない。

そして2番のサビで、この曲の物語がひっくり返る。

It’s over 終わらしたんだよ
ありったけの勇気をしぼって

終わっ「た」が、終わら「した」になっている。別れは起きたのではなく、夢のために自分で起こしたものだった。

ただ喪失を嘆く歌だと思って聴いてきた足元が、この一語で変わる。

ブリッジは、美しいサウンドとメロディに包まれながら、苦悩とその先に見えるものを、確かな手触りでリスナーに届けていく。

暗闇にうずくまって どうしようもなくて
まっさらになって初めて 見つけるんだろう 僕だけの出口を

誰も教えてくれない。舌打ちしても変わらない。それでも——空っぽになって初めて見つかる出口が、きっとある。

ラスサビで、「It’s over」に続く言葉は三度目の変化を迎える。「終わったんだよ」でも「終わらしたんだよ」でもなく、「今なんだよ」。

過去の出来事だった終わりが、自分の選択になり、最後には現在になる。重厚なサウンドの中で、男は心細さごと抱えて歩き出していく。

そしてそこに待ってるのは 君であってほしい
君だったらいいのに
ありえないとしても
君であってほしい

そして最後に、この祈りが残る。

考えてみれば、おかしな話だ。別れを選んだのは、夢のためだった。その夢の果てに君が待っていたら、あの別れは何だったのか、ということになる。そんなことは、本人がいちばん分かっている。だから先回りして、「ありえないとしても」と歌うのだろう。

それでも、願ってしまう。自分で手放した人と、自分で選んだ道の果てで、もう一度会いたい。この曲は、その矛盾を最後まで正さない。

ありえない願いのまま、切実な歌声だけが、どこまでも伸びていく。

『Overture』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、自分で選んで何かを終わらせたことのある人だと思う。転職でも、上京でも、別れでも。

選んだのは自分。後悔はしていない。それでもふと、手放したもののほうを振り返ってしまう夜がある。この曲はその矛盾を、恥ずかしいものだと言わない。抱えたまま歩けばいいと、壮大なサウンドで背中を支えてくれる。

引っ越したばかりの何もない部屋。退職した翌朝。ひとりに戻った最初の夜。——「まっさら」というのは、希望の言葉であると同時に、何もなくなったという意味でもある。

その心細さのまんなかで、この曲は「今なんだよ」と歌う。終わりの直後こそが、序曲なのだと。

ビズくん
ビズくん
俺のダイエット、まだOverture。本編はこれからだから!

【触発された】×『GO』

バスドラムの音が、ドンと耳に飛び込んでくる。

続いて、ワウの効いたギターフレーズが、ディストーションのギターサウンドと絡み合う。ロックでもない、かといってバラードでもない。この曲だけの独特の空間が、イントロから広がっていく。

歌われるのは、ふるえている「君」への言葉だ。

進むと決めたはずなのに、いざとなると足がすくむ。そんな誰かの背中に、そっと手を当てるような一曲だ。

ぬくもりを燃やし尽くして、ゆけ

Aメロは、優しく、どこか憂いを帯びた歌声で、その情景を浮かび上がらせていく。

何をそんなにふるえる? 時計ばかりを気にして
誰も追ってこないよ
髪は風になびいて行く先を教えてる
後戻りなんてないよ

「誰も追ってこないよ」——ふるえている人が、いちばん言ってほしい言葉だと思う。急かしてくる誰かも、追い立てる足音も、本当は存在しない。

そして「後戻りなんてないよ」。”もう引き返せない”と覚悟を促しているようにも、”戻らなくていいんだよ”という許しのようにも読める、優しくて厳しい一言だ。

2番では、君が怯えているものの正体が、一つずつ挙げられていく。いつか冷めゆく想い。薄暗い未来のscreen。そして「自分でつくる幻」。

——スクリーン、という言葉に注目してほしい。真っ暗な未来という映写幕に、自分で作った幻を自分で映して、自分で怯えている。

不安の正体は、現実ではなく、自分が映したものだ。

膨れあがる不安に押しつぶされそうな夜の仕組みを、さらりと言い当てている。

サビでメジャー調に転じると、優しいアルペジオが響き、不安にそっと明かりをともすようなサウンドの中で、優しく力強い歌声が響き渡る。

明日という日がどうなろうと かまわないほどに
強く確かに抱いて 抱いて
かすかなぬくもりひとつ残さず
その胸の奥にそっとしまいこんでゆけ

抱いていけと歌われるのは、大きな愛でも、輝かしい成功体験でもない。

「かすかな」ぬくもり。誰かにもらった、小さな優しさの記憶。それを「ひとつ残さず」持っていけ——小さなぬくもりほど置き忘れやすいことを、この曲はよく知っている。

そしてラスサビ。これまで以上に力強い歌声の中で、歌詞が一箇所だけ書き換えられる。かすかなぬくもりを胸の奥に「そっとしまいこんでゆけ」と歌っていたはずが——「燃やし尽くしたらゆけ ゆけ..」。

もらったぬくもりは、大事にしまっておく宝物ではなかった。燃やして進むための、燃料だった。

思い出してほしい。君が怯えていたのは、「いつか冷めゆく想い」だった。しまいこんだぬくもりは、いつか冷める。

だったら、冷める前に燃やし尽くして、その熱で進めばいい——動詞ひとつの入れ替えが、君の怯えへの答えになっているように感じる。

『GO』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、新しい一歩を前に、足がすくんでいる人だと思う。

眠れない夜に膨らんでいく不安は、たいてい自分で映した幻だ。この曲はそれを見抜いた上で、責めずに、明かりをともすように歌ってくれる。

考えてみれば、この曲は「ふるえるな」とは一度も言っていない。誰も追ってこないよと教えて、ぬくもりを全部持たせて、あとは「ゆけ」と言うだけだ。

ふるえが止まるのを待っていたら、一歩は永遠に踏み出せない。ふるえたままで、ゆけ。——この曲の優しさは、そこにある。

私、返信が遅いだけで嫌われた妄想を一晩上映しちゃうタイプだから。妄想シアター、本日をもって閉館します!
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【思いにふける】×『ファミレス午前3時』

穏やかなアコースティックギターの弾き語りに、最小限のパーカッションがそっとリズムを刻む。

轟音も、シャウトもない。『志庵』の中で、いちばん肩の力が抜けた一曲だ。

それにしても、『ファミレス午前3時』というタイトルの生活感はどうだろう。格好いい英語の題がいくらでも付けられたはずの曲に、深夜のファミレスという日常の風景を、そのまま名前にしてしまう。この飾らなさこそ、ソロの稲葉浩志らしさだと思う。

歌われるのは、深夜のファミレスで、夢を語り合う仲間たちの夜だ。

あの夜ファミレスで語った夢は、まだ沈んでいない

アコギの音色に乗せて、ひとりごとのような歌い出しが聴こえてくる。

いけね自分にまた嘘ついた
僕としたことがついついうっかり
きみの言うようにもっと気楽に
生きてゆけたら肩もこらないでしょう

「いけね」で始まる歌詞なんて、なかなかない。歌というより、テーブルの向かいでこぼれた独り言のようだ。

注目したいのは、自分への嘘を「ついついうっかり」と、あっさり白状してしまう軽さだ。

昼間なら「大丈夫、気楽にやってるよ」で通せてしまう強がりが、午前3時のファミレスでは、するっと剥がれる。

深夜のファミレスは、嘘が剥がれる場所なのだろう。

もっと気楽に生きなよ、と言ってくれる「きみ」。それができたら苦労しないよ、と苦笑いする「僕」。

この曲は、そんな僕を変えようとしない。気楽になれないなら、なれないままでいい。そのかわり、こう言うのだ。——外の誰かと比べるのをやめて、自分の胸の中を見てごらん、と。

いろんなものが美しく見えるから
きょろきょろよそ見ばかりしてしまうよ
本当に一番きらきら輝くのは
自分の中 燃えたぎる太陽
我らの中 昇りゆく太陽

よそ見をしてしまうのは、外の輝きが「見える」からだ。誰かの成功も、進んでいく背中も、目に入ってくる。

一方で、自分の中の太陽は見えない。見えないから、いちばん輝いているのに、いちばん忘れられている。——この曲がやっているのは、その見えないほうを、そっと指差すことだ。

「自分の中」と「我らの中」が、毎回セットで歌われるのもいい。俺の夢とお前の夢は別物で、でも、一緒に昇っていく。

深夜のファミレスに集まる仲間の距離感は、たぶんこれくらいがちょうどいい。

ほらほらコーヒーが冷めちゃってるよ
熱いのもう一杯 注いでもらいなよ
われを忘れて 夢を語れば
空も白々 明けてくる

ファミレスのコーヒーは、冷めたら注ぎ直せばいい。情熱だって、きっと同じように。

曲の中では、少しずつ夜が明けていく。空が白み、新しい光が街を起こしてゆく。

「そろそろ行こう 僕たちだって」。ファミレスを出るその足が、そのまま新しい一日へ、新しい人生へ踏み出す一歩に重なっていく。

間奏では、稲葉浩志の優しいハミングにストリングスが重なり、曲の温もりをさらに高めていく。

そして最後は、「永遠に沈まない太陽」という歌声とともに、静かに曲が終わる。この一行は、ここで初めて足される言葉だ。

コーヒーは冷める。夜は明ける。語り合った時間は終わる。それでも、胸の中の太陽だけは沈まない——冷めるものだらけの夜の真ん中で、冷めないものをひとつだけ確かめて、この曲はそっと閉じていく。

『ファミレス午前3時』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、かつて誰かと朝まで夢を語った夜のある人だと思う。ファミレスでも、居酒屋でも、コンビニの駐車場でも。

あの夜の話に出てきた夢を、全部叶えた人は少ない。それでも、あの時間が無駄だったと思う人も、きっと少ない。

胸の奥の太陽は、忘れているだけで、まだ燃えている。——冷めかけの毎日を生きる大人にこそ、午前3時にそっと聴いてほしい一曲だ。

ビズくん
ビズくん
よし、今夜は俺も朝まで夢を語るぞ!って連絡先開いたら、もう午前3時に呼び出せる友達がいないことに気づきました😭

【もどかしい】×『あなたを呼ぶ声は風にさらわれて』

「oh…yeah」という歌声が、いきなり飛び込んでくる。

その声に合わせて、疾走感のあるロックサウンドが鳴り響く。イントロだけ聴けば、夜の道を飛ばす爽快なドライブ・チューンだ。

でも、タイトルを見てほしい。『あなたを呼ぶ声は風にさらわれて』——アルバムでいちばん長いこのタイトルは、タイトルだけで、もう切ない。呼んでいるのに、届いていない。

歌われるのは、痛いほどの失恋。前へ前へと疾走するサウンドと、置き去りにされた想いのコントラスト。

1曲のロックチューンとは思えないほど仕掛けが多くて、聴くたびに発見がある。『志庵』の中で語られることの少ない曲だけど、だからこそ、ここでじっくり読み解きたい一曲だ。

戻れないなら、もう一回出会えばいい

Aメロに入ったとたん、ふっとサウンドが軽くなる。ディストーションが消え、抑えたリズムの上でクリーンなギターがさらりと鳴り、そこにワウの効いたファンクなギターが絡んで、グルーヴがじわりと上がっていく。

目は冴える 夜更けのride 単純で明快な時間のstream
だれもいない いつもの道 すれ違う光もない
時計も電話も何もかも置いてきたよ

眠れない夜更けに、誰もいない道を走る。時計も、電話も、何もかも置いてきた。

電話を置いてきたということは、もう連絡しないと決めた、ということだ。あなたを忘れるために、男は走り出しているのだろう。

なのに、タイトルを思い出してほしい。この曲のあいだじゅう、男は「あなた」を呼び続けている。忘れるために走っているのに、走りながら、名前を呼んでしまう。この矛盾が、曲全体を貫いている。

「時計も電話も〜」でロックサウンドが鳴り響き、いよいよサビか——と思うと、曲はもう一度、同じAメロの流れへ戻っていく。

まっすぐサビへ向かわないこの構成が、行き先の決まらないrideと重なって聴こえる。

そして「tell me どこ行き?」——吐き出すような歌声が放たれると、さっきより一層激しいサウンドのまま、今度こそサビへ突入する。

愛されたいのに されない
ずっと I was waiting for you あなたを呼ぶ声は風にさらわれて

力強い歌声が響き渡る。特に「あなたを呼ぶ声は風にさらわれて」のメロディと迫力のある歌声は、本当に風を感じるほどの臨場感だ。

2番では、点いては消える真っ赤なランプ——東京タワーの航空障害灯に、高鳴る胸の鼓動が重なっていく。

声は、風にさらわれて届かない。でも心臓は、勝手に高鳴り続けている。その行き場のない鼓動が体を抜け出して、東京タワーのはるか上で、ドクンドクンと光っている。アルバムの中でも指折りの、映像的な歌詞だと思う。

ブリッジで、サウンドは再び抑えられる。「where are you going? 風になる」——ここの歌声には、エフェクトがかけられている。

ロボットボイスのような声が、さらりと流れていく。人間の声が、加工されて、声じゃないものになっていく。”風になる”を、音で実演しているのだと感じる。

その直後、一気にエネルギーが解放される。

後ろに進めぬ人生のルール ならもう一回出会おう

人生は、後ろには進めない。過去には戻れない。なら、戻るのではなく——もう一回、出会えばいい。

やり直しじゃなく、出会い直し。たった一行で、絶望のルールを希望の論理にひっくり返す。この曲の核心は、ここにある。

ラスサビは、そのまま一気に駆け抜けていく。よく聴くと「I was waiting for you」だった英語が、「I am waiting for you」に変わっている。

待っていた、ではなく、今も待っている。そして「愛されたい」は「愛しまくりたい」へ。求める側だった男が、最後は愛する側に変わろうとしている。

アウトロの終わり、バンドの音が走り去ったあとに、「oh…yeah」という歌声だけが残る。

曲のあいだじゅう、風にさらわれ続けた声。その最後のひと声だけが、さらわれずに、夜の真ん中にぽつんと残っている。

『あなたを呼ぶ声は風にさらわれて』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、もう会えない人の名前を、ふと呼びそうになったことのある人だと思う。

呼んでも届かない。走っても振り切れない。それでもこの曲は、最後に一つだけ出口を教えてくれる。戻れないなら、もう一回出会えばいい——と。

夜のドライブで、音量を上げて聴いてほしい一曲だ。

凹んだ夜、私も走ったなあ。ママチャリで。声が風にさらわれる前に、のぼり坂で失速したけど🚲️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【愛情のある】×『Here I am!!』

重く歪んだギターの音が、イントロから鳴り響く。華やかさより、無骨さ。余計な装飾を削ぎ落としたバンドの音が、正面から押し出してくる。

初のソロツアーen(2004年)から、2024年のen-Zeppまで——20年にわたってライブで歌われ続けてきた、ソロ稲葉の定番曲だ。

歌われるのは、誰もを惹きつけてやまない、ある人気者への想い。それも、かなり苛立ちまじりの。

でも、最後まで聴くと印象はがらりと変わる。荒々しい音の奥から、アルバムでも指折りに優しい一節が顔を出すからだ。

苛立ちから始まって、意外な場所へ辿り着く——この曲は、そういう曲だ。

乾いたハートに、「ここにいるよ」と名乗り出る

荒ぶったボーカルが、主人公の苛立ちを鮮明に浮かび上がらせていく。

愛もないのに来ないで
やさしいフリのフリしないで
目と目があって微笑んでくれたような思わせぶりの妙なそぶり

「やさしいフリのフリしないで」——やさしい”フリ”なら、まだ分かる。中身はなくても、優しく見せようとはしているのだから。

でも彼女がやっているのは、そのフリの、フリ。優しく見せる努力すら本気じゃない、癖みたいな微笑みだ。本物の優しさから、二段階も遠くなっている。

それでも、目が合えば受け取った側の心は揺れてしまう。開幕から、この罪作りな人の輪郭が見えてくる。

逆らえません 抗えません
何でも引き寄せる そのGravity
例外なく 容赦もなく
竜巻のように 人を巻き込んで

Bメロで、ギターサウンドが空間的な広がりを見せ、コーラスの重なった歌声が、強い吸引力でリスナーを引き込んでいく。——何でも引き寄せるGravityを、サウンド自体が再現しているかのようだ。

竜巻に、重力に、人は抵抗できない。降参の白旗が丁寧に掲げられる。

サビは、ドラムが力強くリズムを打ち込むストレートなロックサウンド。力強い歌声が、想いをまっすぐぶつけていく。

Never ever どうにもこうにも満足できない
乾いたハートを抱えて どこまでゆくの?
目覚めればひとりきり 何ひとつ残らない
確かな手ごたえが欲しいなら Here I am!!

ここで曲の視点が変わる。みんなを巻き込む竜巻の中心にいるあなたは、じつは何にも満足できていない。

誰もが引き寄せられるのに、目覚めれば、ひとりきり。何ひとつ残らない。——その空洞を見抜いた上で、男は名乗り出る。確かな手ごたえが欲しいなら、Here I am。僕がここにいるよ、と。

2番では、あなたの素顔にさらに踏み込んでいく。部屋のライトを消せないのは、何かが無くなるのが怖いから。

それを知っている男の願いは、「愛して」ではなく——「僕にだけ 少しだけ 泣けるところ見せてくれ」。この曲でいちばん優しい一節だ。

間奏では、じわりじわりとGravityの中心へ落ちていくような浮遊感のなかで、伸びやかなギターソロが鳴り響く。

そしてラスサビで、2回繰り返されてきた一行が、書き換えられる。「目覚めればひとりきり」——だったはずが、「目覚めてもそばにいるし もう何処にも消えないよ」。

あなたの孤独を描写していた言葉が、僕の存在の宣言に変わる。目覚めたとき誰もいない人生に、”目覚めてもそこにいる”人間が、初めて現れる。

最後、確かな歌声で「Here I am!!」と叫ばれると同時に、クリーンなギターの音だけがそっと鳴り、曲は優しく終わっていく。

竜巻のような喧騒が通り過ぎたあとの静けさに、消えない音がひとつだけ残っている——「もう何処にも消えないよ」という約束の朝を、エンディングの音がそのまま表しているようだ。

『Here I am!!』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、周りに人が絶えないのに、ふとした瞬間にひどく孤独な人だと思う。あるいは、誰かのそんな素顔に気づいてしまった人。

はしゃいで、笑って、家に帰って、ひとりで目を覚ます。その繰り返しに疲れた人は、褒め言葉も口説き文句も、たぶんもう聞き飽きている。どれも結局、「あなたが欲しい」という言葉だからだ。

でも「ここにいるよ」は違う。何も求めていない。居場所を差し出す言葉。竜巻に巻き込まれにくる人ばかりの人生で、巻き込まれずに、ただそこに立っている人の声だ。

だから、この不器用な名乗りは、どんな口説き文句より深く刺さるのだと思う。

ビズくん
ビズくん
俺も好きな子に『ここにいるよ!』ってアピールしたら、返ってきたのが『あれ、いたの?』でした😭

【感動する】×『炎』

ピアノの音色だけが、ぽつりぽつりと鳴っている。その上で、サビの一節が、ささやくように歌われる。

——燃え盛る炎を飛び越えて、ここまでおいでよ。

どんな場面なのか、誰の言葉なのか。説明より先に、招きの声だけが置かれる。それだけこの声が、主人公の頭から離れないのだと思う。

やがて、街の喧騒のようなサンプリングされた声が響き、静かなギターの音色が重なって、重厚感のあるバラードが姿を現す。

マイナー調の、派手になりすぎない、シンプルで繊細なサウンド。アルバム後半に置かれた、切なくも力強いバラードだ。

胸の奥の「まぶしい風景」に、もう一度火を灯す

稲葉浩志の優しい歌声が、Aメロの情景を、そっと歌い上げていく。

月に群れる 雲が散らばり
人の影は際立って
テールランプの隙間をぬって
ただ走り風に酔って

君の声が響いて

月の光に、人の影が際立つ夜。テールランプの列は、行くあてのある人たちの光だ。男はその隙間をぬって、ただ走っている。

目的地はない。ただ、風に酔っていたいだけ。何かを考えずに済むための、夜の走りだ。

そこへ、「君の声が響いて」。力強い歌声が響きわたった瞬間、曲は一気にエネルギーを増して、サビへなだれ込む。

風でごまかしていた夜に、ごまかしきれない声が割り込んでくる。

燃え盛る炎を飛び越えて ここまでおいでよ
ってあんまりまっすぐ見つめるから
僕はなすすべもない
遠く揺れる星を見てた

冒頭の招きは、「君」の言葉だった。

あまりにまっすぐ見つめられると、人は目を逸らしてしまう。見つめ返した瞬間に、答えを求められると知っているからだ。

目の前の炎は、飛ぶのか、飛ばないのか、今すぐ決めろと迫ってくる。遠くの星は、何も求めてこない。ただ綺麗で、眺めているだけでいい。だから僕は、星を見た。炎から目を逸らして、安全な光のほうを見たのだろう。

欲しくないわけじゃない。まぶしすぎて、覚悟が追いつかないだけ。——ファルセットを混ぜた歌声が、その切なさに大人の色気を足していく。

2番で描かれるのは、僕がいる側の世界だ。邪なdreamが埋め尽くす街。信号を待ち、クラクションを背中に浴びて、誰も見ていないのに縮こまる。誰もが”何者か”になろうと競う街で、僕もその途中に立っている。

そこへ、招きの言葉が変わって届く。「何も持たず 誰にもならないで ここまでおいでよ」——今度は炎を飛ぶ勇気ではなく、今まで積み上げてきたものをぜんぶ置いてくる覚悟を求めてくる。

強いことを言っているのに、あまりに優しく歌われるから、否定できない。心が揺れる。だから僕は道に迷い、夜を逃げるようにさまようのだろう。

ブリッジでは、「朽ち果てることのない まぶしい風景くらい 胸に一つは持ってるでしょう?」と、力強い歌声が聴き手にまっすぐ問いかけてくる。

この曲がここで初めて、「僕」ではなく「僕ら」の歌になる瞬間だ。

ラスサビの頭、ここでふっとサウンドが軽くなる。アコギとピアノだけ。曲中でいちばん静かな音に乗せて、いちばん正直な告白が歌われる。

君を忘れ 何も変わらずに きっと暮らせるだろう
そんな平和な日が来たとしても 物足りないだろう

君を忘れても、たぶん暮らしていける。平和に。何も変わらずに。——でも、それじゃ物足りない。

そして、サウンドが再び広がっていくなかで、あの招きの言葉が書き換えられる。「ここまでおいでよ」だったはずが——「燃え盛る炎を飛び越えて そこまでいってみよう」。

「ここ」が「そこ」に。「おいでよ」が「いってみよう」に。呼ばれる側だった僕が、自分の足で向かう側に変わる。

星を見て目を逸らしていた男が、炎を飛ぶと決める。今でも君が微笑むのなら、何もこわくないよ、と。

アウトロでは、美しいピアノソロが、そっと遠ざかっていく。——川の流れが、視界の先へ消えていくように。

『炎』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、忘れてしまえば楽になる何かを、忘れられずにいる人だと思う。

あきらめた夢でも、会えない人でも、戻れない場所でも。

平和で、何も起きなくて、少しだけ物足りない毎日。

その胸の奥にも、朽ち果てないまぶしい風景が、きっと一つは残っている。この曲は、その風景の場所を思い出させてくれる。

炎を飛び越えてここまでおいでよ?ムリムリムリ💦焼きイカになっちゃう🦑
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【熱狂的】×『Seno de Revolution』

どこの国の楽器だろう?——最初の数秒、そう思わせる音で、この曲は始まる。

エフェクトのかかったギターが、民族楽器のような音色で、サビの出だしのメロディをなぞっていく。日本でもない、どこか特定の国でもない、”遠い土地”の匂いのする音。

これから世界を歌う曲の幕開けとして、ぴったりのサウンドだと思う。

やがてそのメロディに合わせて、爽やかなロックサウンドが駆け抜けていく。

歌われるのは、ひとつになれない人類——重いテーマのはずなのに、この曲はどこまでも軽快なロックで、キャッチーなメッセージソングだ。

そして22年後の2024年、この曲はen-Zeppと〜enⅣ〜のステージでも披露されることになる。長い時を越えて求められた理由は、聴けば分かる。

ひとつになれない僕らに、「せーの」の合図をくれる

Aメロは、ギターの小気味いいカッティングに乗せて、テンポよくメッセージが飛んでくる。

信号ばっか見てないで
自分の感覚 磨いてちょうだい
新聞はいつも絶対じゃないぜ
やばい添加物有り

信号=誰かがくれる「進んでいい」の合図。新聞=そのまま飲み込みがちな情報。

それらを疑って、自分の感覚を磨け——情報に「やばい添加物」が混ざっているという比喩は、SNSもフェイクニュースもなかった2002年に書かれた。

今のタイムラインを泳ぐ僕らのほうが、ずっと切実に聴こえてしまう。

しかも命令ではなく「磨いてちょうだい」。この頼み方ひとつで、メッセージが説教に聞こえない。

続けて刺さるのが、「今更 疑うことが恐くなってしまったままの今日この頃」という一行だ。

疑わずに生きてきた時間が長いほど、いま疑えば、積み上げてきたものごと崩れる。だから疑えない。

サビは爽快に駆け抜けていく。

何でなのひとつになれない フシギな惑星
この星こそワレラそのもの
Say No!
せーので Revolution!A strong Imagination!儚いGeneration

コーラスの重なった歌声と、「Say No!」の掛け声が、一体感をぐんぐん増していく。

——ここで、気づいてほしいことがある。「Say No!」と「せーの」は、同じ音だ。

与えられたものに「ノーと言う」ための英語が、次の瞬間、みんなで一斉に跳ぶための日本語の掛け声に変わる。拒否と団結が、同じ音でできている。

ひとつになれない人類への処方箋を、稲葉浩志は英語と日本語がぴったり重なる、この一音に忍ばせた。

2番では、カメラが一気にズームインする。電話で言い争い、メシの最中にまたモメる、キミとボク。胸の中で渦巻くJealousy。——惑星の分断と食卓の口ゲンカは、同じ嫉妬という成分でできている。

だから、サビはこう歌うのだ。「この星こそワレラそのもの」——星がひとつになれないのは、僕らがひとつになれないからだ。

ブリッジで、サウンドは一変する。宇宙空間に飛び出したような浮遊感のなか、エフェクトのかかった歌声が響き渡る——まるで、フシギな惑星を軌道の上から見下ろしているように。

その視点から歌われるのが、この曲の核心だ。

革命はジワジワとじゃなくてパッと一瞬に
革命は外側からじゃなくて 内からえぐるように!

デモでも制度でもなく、一人の内側で、今この瞬間に起きるもの。それがこの曲の言う「Revolution」だ。

そしてラスサビも爽快に駆け抜けて、「せーので Revolution!」の連呼が合唱のように重なっていく。

曲は最後、フェードアウトで消えていく。終わったのではなく、このRevolutionがどこかでずっと続いているかのように。

『Sẽno de Revolution』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、ニュースを見るたび、世界にうんざりしてしまう人だと思う。

世界は変えられない。たぶん、その通りだ。

でもこの曲の言う革命は、もっと小さくて、もっと速い。自分の感覚を磨くこと。疑うことを恐れないこと。目の前の人とのケンカを、なんとかしたいねと言うこと。

それなら今日、できる。せーの、で。

ビズくん
ビズくん
俺の革命に必要なのは、まず睡眠でした。せーので、Sleeping!😪💤

【楽観的】×『とどきますように』

ディストーションの効いたギターの音が響き、ドラムのフィルが合図を打つ。そこから、爽快なロックサウンドが一斉に走り出す。

タイトルは『とどきますように』。

命令でも、宣言でもない。時代をこえ、海をこえ、まだ見ぬ誰かへ向かって放たれた、祈りの言葉だ。

12曲の旅の終わりに、『志庵』はこの祈りをひとつ、空へ放って幕を閉じる。

いつまでも笑っていられますように

Aメロは、アコギを主軸にしたポップなサウンドと爽快な歌声で始まる。

わかるもんじゃない そうは簡単に
人の気持ちなんて ねぇ?神様 ねぇ?

人の気持ちなんて、そう簡単にわかるもんじゃない——11曲かけて心の奥を歌ってきたアルバムが、最後の最後で、こんなに正直なことを言う。

しかも「ねぇ?神様 ねぇ?」と、神様への話しかけ方が、まるで隣に座る友達へのそれだ。深刻なことを、深刻な顔で歌わない。

『志庵』らしさは、最後の曲の歌い出しにも息づいている。

Bメロでエレキギターが加わり、モヤモヤとした感情を音にしながら、テンションを高めていく。

歌われるのは、あやまちを繰り返しながらここまで来た、人類の懲りなさ。争いをやめられないこの性質を、僕たちはこの先も受け継いでいくしかないのだろうか——答えの出ない問いを抱えたまま、曲はサビへ向かっていく。

いつまでも僕たちが 笑っていられますように
空より高く ミサイルより速く
つきぬけるおもい とどきますように

コーラスの重なった力強い歌声と、シンプルで爽快なロックサウンドが、メッセージをどこまでもまっすぐ届けてくる。

「ミサイルより速く」という一言に、この曲が書かれた時代が滲んでいる。2002年——アメリカ同時多発テロの翌年だ。報復の戦争が始まり、ニュースがミサイルの映像で埋まっていた頃、稲葉浩志は祈りに、それより速く飛べと願った。

そしてこの願いは、少しも古びていない。あれから今日にいたるまで、ニュースから戦争の映像が消えた日はない。「ミサイルより速く」という祈りは、残念ながら、いまだに現役のままだ。

2番は、さらに踏み込む。知らない国で流れる涙を、他人事にせず、自分のせいだと引き受けていく。過剰なくらいの背負い方——でも、遠い国の出来事も、この足元と同じ星の、同じ”今”に起きている。責めずに、その事実だけを歌うから、頷くしかない。

願いは、少しずつ形を変えていく。笑っていられますように。学んでいられますように。涙を流しても、最後の最後は抱き合えますように。

そしてブリッジでは、エフェクトのかかった歌声がスピードを増しながら、短い問いをひとつ置いていく。熱狂の波が引いたあとも、しっかり立っていられるか、と。

そしてラスサビ。前半、サウンドはアコギの弾き語りまで、すっと削ぎ落とされる。いつまでも僕たちが、笑っていられますように——最高にシンプルな音の上で、その願いがひときわ温かく響く。

後半、爽快なロックサウンドが戻ってくる。その先に、このアルバムでいちばん美しい一節が待っている。

ずっと僕たちが 注意深くいられるように
いつか会えるはずのあなたの思いが
僕まで とどきますように

気づいただろうか。祈りの向きが、逆になっている。

ここまで曲の祈りはずっと、僕たちの想いが「とどきますように」——送る祈りだった。それが最後の最後、あなたの思いが僕まで届きますように——受け取る祈りに変わる。

まだ会っていない、いつか会えるはずの「あなた」。

時代をこえて、海をこえて、この曲を聴く誰か。——つまり、今これを聴いているあなたのことだ。2002年に吹き込まれた祈りは、長い時をこえて、いまここに届いている。

最後は「とどきますように」というメッセージを力強く届けながら、フェードアウトしていく。

音が小さくなっていくのは、終わりじゃない。この祈りがまだ、次の誰かへ向かう旅の途中だからだろう。

『とどきますように』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、大きな悲しみのニュースの前で、祈ることしかできなかった夜のある人だと思う。

画面の向こうの出来事に、できることが見つからない。祈るなんて、何もしていないのと同じじゃないか——そう思えた夜の無力感を、知っている人。

でも、思い出してほしい。この曲は、祈りがミサイルより速く飛ぶと信じて、2002年に放たれた。そして時代をこえ、海をこえ、いま、あなたに届いた。祈りはちゃんと飛んで、ちゃんと着く。この曲自体が、その証拠だ。

受け取ったなら、今度は僕たちが願う番だ。大切な誰かのために、まだ会ったことのない誰かのために——いつまでも、笑っていられますように。

最後は私からも、願いをひとつ。このブログが、『志庵』を聴きたくなる誰かに、とどきますように🙏✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

このアルバムを通して感じたこと

『志庵』は、「オノレを知れ」という自分への命令で始まり、「とどきますように」という祈りで終わる。

鏡の中の自分から始まった視線は、12曲かけて、会えない誰かへ、ファミレスの向かいの席へ、知らない国で泣く誰かへと動いていく。己と向き合う旅は、気づけば、世界のいちばん遠くまで届いている。

それにしても、このアルバムの稲葉さんは、驚くほど近くにいる。風邪をひいて、野球の話をして、コーヒーを冷まして、失恋の夜にバカ騒ぎをする。ステージの上のスーパースターではなく、隣で悩んだり、照れたりしている、ひとりの人だ。

稲葉さん自身、この作品を「スタートラインというか、ニュートラルなところに来れた」と語っている。

志庵というスタジオは、お茶室のような空間だったそうだ。飾りを置いて、素に戻る場所。あの12曲は、きっとそこでしか生まれなかった。

かっこよくなくていい。劇的じゃなくていい。今日の自分のまま、一語だけ変わればいい。——聴き終わるたびに、稲葉さんにそう言ってもらえた気がする。

本記事において引用している歌詞は、すべて稲葉浩志のアルバム『志庵』に収録された楽曲からの一部抜粋です。著作権は各著作権者に帰属しており、当サイトは正当な引用のもとでこれを掲載しています。著作権に配慮して歌詞全文の掲載は行っておりません。