見飽きた朝も、負けた夜も、立ち尽くす夕暮れも。戦い続ける人のそばで鳴る、3つの歌。

このままでいいのだろうか、と思いながら迎える朝。全力を尽くしたのに、届かなかった夜。頑張り続けて、ふと足が止まってしまう夕暮れ。

そんな一日のどこかに、覚えはないだろうか。

2026年9月22日に配信された、稲葉浩志のDIGITAL EXCLUSIVE SINGLE『RIZAN』。3曲すべてを稲葉浩志が作詞・作曲し、ツアーのサポートメンバー4人とともに作りあげた。

歌われるのは、居心地のいい場所をあとにして、ひとりで歩き出す男。敗れた夜を、涙ごと燃やしていく人。そして、コンビニの前で立ち尽くし、「よく頑張ったよね」のひと言を待つ人だ。

野性的なドラムと、陰りを帯びたリフ。生の弦が包みこむロック・バラード。爽やかな風のようなミドルテンポ。3つの音は、まるで違う表情をしている。

けれど、どの曲にも、毎日を戦い続ける人がいる。出ていく覚悟を決め、もう一度火を灯し、そして、少しだけ立ち止まる。

張り詰めていた心は、3曲を聴き終えるころ、希望を経て、ほっとした安心へと、ほどけていく。

だからこの3曲は、こんな人にこそ届いてほしい。

同じような毎日に、どこか飽いてしまっている人。 全力でぶつかって、悔しい思いをした人。 ひとりで頑張りすぎて、少し疲れてしまった人。

この記事では、『RIZAN』の3曲を、一曲ずつ、感情を切り口にレビューしていく。いまのあなたの一日に、いちばん近い一曲が、きっとこの中にある。

Release:2026.09.22

※本記事では、稲葉浩志の楽曲『RIZAN』の歌詞の一部を引用しながら、その表現やメッセージについて考察しています。引用にあたっては、著作権法第32条に基づき、正当な範囲での引用を行っております。

【張り詰めた】×『RIZAN』

どこか土の匂いのする、野性的なドラムが鳴りはじめる。民族楽器のパーカッションが重なり、眠っていた何かが、ゆっくりと目を覚ましていく。

そこへ、Duranのギターリフが乗る。陰りを帯びた響きが、聴くほどに、じわじわと体の奥へ染みこんでくる。

この曲は、2026年9月22日に配信されたシングル『RIZAN』の表題曲だ。長さは4分39秒。作詞と作曲は稲葉浩志。

制作をともにしたのは、同じ9月に始まった全国ツアーのサポートメンバー4人。ドラムのシェーン・ガラス、ベースの徳永暁人、ギターのDuran、キーボードのサム・ポマンティだ。

配信の翌日、9月23日には、俳優の長谷川博己が出演するMVが公開された。この日は、稲葉浩志の62歳の誕生日でもあった。デモを作った時点で「なぜか長谷川さんが歩いている姿が思い浮かび」、自ら声をかけたのだという。

タイトルの意味は、公式には明かされていない(2026年10月4日時点)。読みは、JASRACの作品データベースに「リザン」と登録されている。

辞書を引くと、「離山(りざん)」という言葉がある。僧や尼が寺を去ること。そして、ほかの山から離れて、ひとつだけそびえる山のことだ。

歌われるのは、ひとりの男だ。暮らしに不自由はない。けれど、同じような朝が、ただ過ぎていく。その毎日に、男は飽いてしまう。

そして、別れを告げる。眩しい実績を積み上げてきた、愛すべき自分に。その自分も、居心地のいい場所も、まとめてあとにして、言い訳のきかない道を、もう一度ひとりで歩きはじめる。

住み慣れた場所を去ること。そして、ひとりで立つこと。「離山」の二つの意味は、そのまま、この男の姿に重なる。

旅立ちの歌だが、勢いにまかせて駆け出すことはしない。重たい足取りで、地面を確かめるように、一歩ずつ進んでいく。

輝いていたあの頃の自分に「あばよ」と告げ、重たい足取りのまま、それでも前へ進ませてくれる

ドラムとリフの上で、徳永暁人のベースが低くうなり、その一歩一歩に重さを加えていく。

さらに、ワウのうねりをまとったギターが加わる。進むほどに、視界がゆっくりと覆われていく。霧の中を、手探りで歩いているような感覚だ。

稲葉浩志の歌声が入ってくる。その声は、平熱だ。自分の今を、淡々と語っていく。

歌い出しに描かれるのは、自分の人生なのに、自分が主役になれていない毎日だ。誰かの何気ないひと言に振り回され、季節だけが過ぎていく。動かされているのは、いつも男のほうだ。

そんな日々のなかで、男がほしがるのは「痛み」だ。それも、「気持ちの良い」痛みを、もっと。何も感じない毎日に慣れすぎると、人は、痛みさえ恋しくなる。

世の中を憂いても、自分を嘆いても、何も変わらない。そこで選ばれる言葉が、「惰眠を貪る」だ。「貪る」は、飽きることなく望み続けること。いまの男が飽きもせずに求めているのは、眠ることだけなのだろう。

やがて、その歌声に、少しずつ力がこもっていく。にじみはじめるのは、苛立ちだ。

その矛先は、世の中でも、他人でもない。分かっていながら、眠りに逃げてしまう自分自身だ。まだ、声を張り上げはしない。奥歯を噛みしめるように、平熱だった声が、じわりと熱を帯びていく。

このままここで老いても罪はない
けれど空漠の朝を数えるのも飽いた

動き出す理由は、立派な決意でも、誰かのためでもない。ただ、飽いた。それだけだ。

「飽きた」ではなく、「飽いた」。少し古めかしいその言い方が、長い時間をかけて積もった退屈の重さを感じさせる。

「飽いた」と歌うところで、メロディに、ふっと小さな躍動が宿る。立ちこめていた霧の切れ間から、ひと筋の光がのぞくように。

あばよ愛すべき僕よ
どうかお元気でね
風に揺れ葉は擦れざわめきは波となる
探そう破廉恥な僕を
時間が尽きるまで
踵を返すこともなく
眩しいレガシー
全部くれてやろう

サビで、歌声は力強さを増す。

男が別れを告げる相手は、「愛すべき僕」だ。過去の自分を、否定しているわけではない。むしろ、愛している。

誰にでも、そういう自分がいるはずだ。がむしゃらだった頃の自分。何かに夢中になれていた頃の自分。他人に言われるまでもなく、あの頃の自分が好きだと、胸を張って言いたくなる。

だから、この別れに恨みはない。嫌いになって離れるのではなく、好きなまま、手を振って離れていく。

風が葉を揺らし、ざわめきが波になる。男の心の中で起きはじめた変化も、きっと同じだ。

新しく探しに行くのは、「破廉恥な僕」だ。破廉恥とは、もともと、恥を恥とも思わないことをいう。

輝いていた過去があるほど、人は格好悪い姿を見せられなくなる。年を重ねればなおさら、「いい歳をして」と笑われることが怖くなる。

男が求めているのは、そんな体面を脱ぎ捨てた自分だ。笑われても、つまずいても、一からやり直せる自分。それを、時間が尽きるまで探し続ける。

もう、踵を返すこともない。

そして、積み上げてきた「眩しいレガシー」を、「全部くれてやろう」と言い放つ。レガシーとは、英語で「遺産」のこと。過去に築き、あとに残していく功績のことだ。

輝かしい実績も、手にしてきた評価も、惜しげもなく手放す。誰かにくれてやれるほど、男はもう、それにしがみついてはいない。

この潔い宣言を、サウンドは派手なドラマに仕立てない。重たいリズムの上で、メジャーとマイナーの響きが交差していく。不安と期待が、混ざりあったまま胸に迫ってくる。未来は、いま立っている場所と地続きなのだと、噛みしめるように。

別れを告げる男の背中に、歌っている本人の姿が重なる。

稲葉浩志の目には、どんな景色が見えているのだろう。日本のロックの頂からの眺めは、きっと美しい。ふつうなら、いつまでも眺めていたくなるはずだ。

誰でも、若いころのようにはいかないことが、少しずつ増えていく。勢いだけで駆け上がれた日々は、もう戻らない。

それでも、その視線は、いま立っている頂にとどまらない。見つめる先には、もうひとつの険しい山がそびえている。

頂をあとにして、ひとりで次の山へ向かう人にだけ吹く風がある。若さに任せた追い風ではない。

年齢を引き受けたうえで、それでも歩き出す人が正面から受ける、張り詰めた向かい風だ。

62歳の稲葉浩志にしか鳴らせない、ロックナンバーだ。

1番のサビが終わると、ふたたびイントロのリフが鳴りはじめる。躍動するベースラインに導かれて、曲は次の場面へ進んでいく。

ピアノの切ない響きに、ストリングスが重なり、澄んだ空気があたりを満たしていく。

ここで、歌詞の景色はがらりと変わる。描かれるのは、暗い森と、闇を裂いて差しこむ光だ。

慣れた場所を離れ、知らない道へ踏み出す直前の、あの胸のざわつき。それを、そのまま描き出したようだ。

その光は、行く先を照らす道しるべにも見える。けれど、目をくらませる幻かもしれない。

男は、心を惑わせないでくれ、と叫ぶ。他人の気まぐれな言葉に振り回されてきた男が、この先の道だけは、自分の心で選ぼうとしている。

その叫びが放たれた瞬間、すべての音が止む。

残るのは、ギターのストロークだけだ。空間系のエフェクトがかかったその響きが、すぐ目の前で鳴っているような、生々しい臨場感を生む。

そこに、稲葉浩志の歌声が乗る。音が削ぎ落とされたぶん、ひと言ひと言が、張り詰めた空気をまとって届く。

誰のせいにもできない
道を行って逝って行って逝こう

「行って」と「逝って」。同じ音で意味の違う二つの言葉が、二度くり返される。

鼓動のように、生きることと終わることが、交互に刻まれていく。脈打つたびに、命は前へ進み、同時に終わりへ近づいていく。その二つは、切り離せない。

Bメロで「このままここで老いても罪はない」と言っていた男が、いまは、限りある時間から目をそらさない。

そして最後に置かれるのは、「逝こう」のほうだ。命が尽きるところまで、自分で選んだ道を歩いていく。その覚悟が、この一語に込められている。

やがて、ドラムがふたたびリズムを打ちはじめる。流れるようなピアノの旋律と、ベースの音が、曲の温度をゆっくりと押し上げていく。

「逝こう」と稲葉浩志が叫んだ瞬間、熱は頂点に達する。

そこへ、Duranのギターソロが荒々しく飛びこんでくる。切なさを帯びながら、男の感情をそのまま弦に乗せたような音だ。言葉にならなかったものが、胸を直接ゆさぶってくる。

ソロが鳴りやむと、ふっと音が途切れる。

ほんの一瞬の静けさ。吹きつけていた向かい風が、ぴたりと止んだような間だ。

そして、最後のサビがはじまる。

失くそう意味なんていらない
大袈裟な話じゃない
踵を返すこともなく
間違いを踏み締めて
赤い血の滲むまま
性懲りも無くまた出て行こう

最初のサビで、男は新しい自分を「探そう」と歌っていた。最後のサビでは、その言葉が「失くそう」に変わり、「意味なんていらない」と続く。

ここでいう意味とは、旅立つための理由や、その先にあるはずの答えのことだろう。何のために出ていくのか。出ていった先に、何が見つかるのか。

男は、もうそれを求めない。新しい自分を見つけることさえ、目的にしない。思えば、動き出した理由も、ただ「飽いた」だけだった。

音の熱が頂点に達したあとで、言葉は肩の力を抜く。「大袈裟な話じゃない」と、さらりと言ってのける。旅立ちを、ドラマに仕立てない。

引き返すことなく、男は間違いを踏みしめて進む。

失敗を、なかったことにはしない。かといって、引きずって立ち止まりもしない。踏みしめた間違いが、次の一歩を支える足場になる。

赤い血は、まだにじんだままだ。傷が癒えるのを待たずに、前へ進んでいく。きれいごとでは終わらない、この曲の現実感がここにある。

結びの一行で、男は「性懲りも無く」「また」出て行こう、と歌う。

「また」ということは、これが初めての旅立ちではない。男はきっと、これまでにも頂をあとにしてきたのだろう。

どれほど高い頂でも、とどまり続ければ、やがて見慣れた景色になる。朝はまた空っぽになり、心はまた眠りはじめる。男が出ていくのは、そのことを知っているからだ。

痛い目にあうと分かっていても、もう一度歩き出す。生きている実感は、その先で受ける痛みの中にある。

「性懲りも無く」とは、懲りないこと。言いかえれば、あきらめないことだ。何度つまずいても、男は前を向くことをやめない。その懲りなさこそが、この男の覚悟だ。

アウトロでは、イントロのリフが戻ってくる。やがて、そのリフとパーカッションだけが、静かに鳴り続ける。

そして、ピアノが最後の一音を打ち鳴らす。その余韻のなかで、曲は終わっていく。

霧の向こうへ歩き去っていく背中を、黙って見送るように。

『RIZAN』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、積み上げてきたものはあるのに、同じような朝ばかりが過ぎていくと感じている人だ。

『RIZAN』は、居心地のいい頂をあとにして、もう一度ひとりで歩き出す歌だ。

土の匂いのするドラムに、陰りを帯びたリフ。平熱で始まった歌声は、サビで力強さを増しながらも、不安と期待を抱えたまま進んでいく。鳴っているのは、勢いまかせの高揚ではなく、地に足のついた覚悟だ。

輝いていたあの頃の自分を、好きなまま手放す。間違いを踏みしめ、傷がにじんだままでも、性懲りもなく、また出ていく。大げさな理由はいらない。「飽いた」と気づいたときが、歩き出す合図だ。

若いころのようにはいかない、と感じはじめた人ほど、この張り詰めた向かい風を、正面から受けとめてほしい。

ビズくん
ビズくん
「破廉恥な僕を探そう」……ごめん稲葉さん、俺はわりと最初から見つかってます🙋‍♂️✨️

【希望に満ちた】×『果てなき夜を』

シンセの音に、そっと鳴るタンバリンが重なる。雨上がりのような、ひんやりと澄んだ夜の空気が広がっていく。

そこへ、アコースティックギターのストロークが入ってくる。エレキギターの透き通ったアルペジオが寄り添い、夜の中に、小さな光をともしていく。

この曲は、シングル『RIZAN』の2曲目に収められたロック・バラードだ。長さは4分34秒。作詞と作曲は稲葉浩志。

バンドの演奏は、1曲目と同じく、ツアーのサポートメンバー4人。そこに、生の弦楽器によるストリングスが加わる。

もとは、Netflixのドキュメンタリー映画『戦いの向こう 侍たちの記録 2026 WORLD BASEBALL CLASSIC』のために書き下ろされた主題歌だ。映画の配信が始まった2026年4月20日に、予告編で初めて公開された。

映画が追ったのは、前回大会の王者として、連覇を背負って2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に挑んだ侍ジャパン。チームは準々決勝でベネズエラに5-8で敗れ、ベスト8で大会を終えた。その試合は、マイアミの夜に始まり、日付が変わってから終わった。

監督の三木慎太郎によると、稲葉浩志は、まだ完成していない映像に合わせてこの曲を作ったという。映画が仕上がったあとには、尺に合わせて、アレンジや歌詞まで変えたそうだ。

稲葉浩志本人は、「感謝の思いを込めてこの曲を書きました」とコメントしている。

歌われるのは、敗れたあとの長い夜だ。それでも、この曲は、ただ朝が来るのを待ってはいない。

悔しさで眠れない夜を、涙ごと燃やしてくれるロック・バラード

Aメロでは、アコースティックギターの音だけが残る。そこに、稲葉浩志の歌声が響く。歌われる夜の景色が、目の前に浮かび上がってくる。

激しい雨はいつしか
風がどっかに連れ去って
足元を見れば月のかけら揺れる

この歌は、嵐のさなかではなく、嵐が過ぎ去ったあとから始まる。

「いつしか」「どっか」。いつ終わり、どこへ消えたのか、歌ははっきりとは言わない。夢中だった時間ほど、終わりは気づかないうちにやってくる。

「どっか」という少しくだけた言い方には、張っていた気がぷつりと切れたあとの、ぼんやりとした心が、そのまま表れている。全力でぶつかった勝負が終わると、悔しさよりも先に、ぽっかりとした空白が残る。

主人公は、足元に目を落とす。うつむいた視線の先で揺れているのは、月のかけらだ。雨上がりの水たまりに、月が映っているのだろう。

顔を上げられない夜でも、光は見つけられる。

Bメロに入ると、ハイハットとタンバリンが、やさしくリズムを刻む。エレキギターのアルペジオが、夜の景色を、ゆっくりと彩っていく。

壊れかけた細胞が
新しい僕を作るんだと願い
また一歩 行けばきっと
光は飛び散るよ

ここで選ばれているのは、「心」ではなく「細胞」という体の言葉だ。

しかも、新しい自分になれると言い切らずに、そう「願う」。

筋肉は、鍛えるときに一度小さく傷つき、それが修復されるときに前より強くなる、とよく言われる。打ちのめされた体が、そのまま次の強さの材料になる。アスリートを追った映画の主題歌に、ふさわしい言葉だ。

Bメロの後半に入ると、歌声とサウンドに力がこもっていく。ベースが加わり、足取りに重みが出てくる。

歌声に合わせて、リズムが刻まれる。「また一歩」「行けばきっと」。言葉のあとに短い休符が置かれ、そのたびに、躍動感が増していく。

「また」の一語に、一度は止まった足が、もう一度動き出す気配がある。

Aメロで見つめていた、水たまりの月。そこに一歩踏みこめば、映っていた光は、しぶきと一緒にぱっと散る。

じっと眺めているだけでは、何も変わらない。踏み出したときにはじめて、景色は動きはじめる。「きっと」という言葉には、そう信じて歩き出す気持ちがこもっている。

「光は飛び散るよ」。稲葉浩志の歌声が力強く伸びて、一気にサビへ向かっていく。

果てなき夜を燃やそう
こぼれ落ちる涙を焚べて
蒼い闇を翔けぬけよう
傷ついた羽広げてさ

サビに入ると、エレキギターのサウンドも加わる。力強い歌声とひとつになったロック・バラードの音が、その言葉を、胸の奥に焼きつけていく。

曲名の「果てなき夜」は、終わりの見えない夜のこと。負けた悔しさのように、時間がたってもなかなか消えてくれない思いだ。

この曲は、その夜がいつか明けるとは言わない。結果は変わらないし、胸の痛みも、すぐにはなくならない。

それでも、夜の中を明るくすることはできる。夜そのものに火をつけて、明かりに変えてしまえばいい。そうすれば、たとえ朝が来なくても、自分の進む道は照らせる。

燃料にするのは、こぼれ落ちる涙だ。

悔し涙は、それだけ本気で戦った証でもある。流した涙を、なかったことにはしない。その涙こそが、火を大きくしていく。

羽の傷も、まだ治ってはいない。それでも、その羽を広げて、闇の中へ飛び出していく。

2番に入ると、Aメロからバンドの音が鳴りはじめる。そこへストリングスが加わり、躍動感と豊かさを増した音が、景色を奥へと広げていく。

歌声も、その音に応えるように、熱を帯びていく。

一方で、歌詞の主人公は、ここでひと息つく。

「君の声」を聞いたとたん、こわばっていた心がほどけ、深い眠りに包まれるように力が抜けていく。その「君」は、家族かもしれないし、ともに戦った仲間かもしれない。

戦い抜いたあとには、休む時間も要る。火を燃やし続けるには、心を休める場所が必要なのだ。

そして主人公は、「ひとりきりじゃできない」と口にする。負けを知った人が、強がらずに言える一言だ。

そのすぐあとに、「覚悟はできてる」と続く。弱さを認めることと、腹をくくることが、ここでは同じ一歩になっている。

2番のサビでは、火にくべるものが変わる。涙の代わりに、「膨らんでゆく愛情」。悔し涙で燃えていた火が、誰かを想う気持ちでも燃えはじめる。ストリングスが重なり、その想いが、いっそう鮮やかに伝わってくる。

サビが終わると、Duranのギターソロが切りこんでくる。刺激的なフレーズがストリングスと絡みあい、美しさも、切なさも、希望も、ここまでの感情を、まとめてすくい上げていく。

Cメロで、サウンドは一度、落とされる。稲葉浩志の静かな歌声に、ピアノの音だけがそっと寄り添う。

新しい扉を開けるのは、主人公自身だ。その背中を押しているのは、ほかでもない、痛みだ。

そこから、少しずつバンドの音が戻ってくる。

「歓び」のあとにドラムだけが、「symphony」のあとにストリングスだけが鳴る。「手を取り」「夢心地」のあとには、短い休符。言葉と音が交互に前へ出て、曲のテンションを、ぐっと引き上げていく。

そして、「ともに奏でましょう」。稲葉浩志の力強い歌声が、どこまでも伸びていき、曲の高揚は頂点に達する。

サビの「燃やそう」は、自分に言い聞かせているようにも聞こえる。けれど「奏でましょう」は、はっきりと誰かに向けた呼びかけだ。

ひとりで夜を燃やそうとしていた主人公が、同じ夜を過ごす仲間に、そして、この歌を聴くあなたにも、手を差し出している。

2番の「ひとりきりじゃできない」。その答えが、この「symphony」だ。

symphonyは、交響曲のこと。それぞれの楽器が自分の音を鳴らし、それが重なり合って、ひとつの音楽になる。ひとりでは、決して奏でられない音楽だ。

ラストサビで、1番と同じ言葉がもう一度歌われる。同じ「涙」でも、いまは、ひとりで流す涙には聞こえない。

Hey yeah yeah 宿した火はそのまま
Hey yeah yeah また会う日まで

激しい雨の匂い
また恋しくなってくる

バンドとストリングスによる壮大なサウンドのなかで、「Hey yeah yeah」というコーラスが重なる。続く「宿した火はそのまま」の美しいメロディを、稲葉浩志は、すぐそばで歌っているような近さで届けてくる。

サビで燃え上がった熱は、すぐには冷めない。その余韻が、じんわりと染みこんでいく。

「宿す」は、内側にとどめておくこと。夜を燃やしてきた大きな炎は、ここで、自分のなかに灯る火になる。

そして、「また会う日まで」。ともに奏でてきた音がすっと引き、その歌声だけが響きわたる。

その声を、アコースティックギターとストリングスの柔らかな音色が、そっと受けとめる。

「宿した火はそのまま」「また会う日まで」。ふたつの言葉は、ひと続きの約束になっている。次に会うその日まで、この火を消さずにいよう、と。

敗れた夜、大谷翔平は、「また会おうね」とみんなで話していたと明かしている。悔しさのなかで、選手たちも、同じ約束を交わしていたのだ。

最後のAメロでは、アコースティックギターと稲葉浩志の静かな歌声が、歌い出しの景色へと帰っていく。

風が連れ去っていった、あの激しい雨。その匂いが、ふと、鼻先をかすめる。

仲間と同じ雨に打たれながら、夢中で戦いつづけた時間。苦しかったはずなのに、いまは、それが恋しい。

だから主人公は、もう一度、雨の中へ出ていきたくなる。

「また会う日まで」で引いていったバンドのサウンドが、最後の一音に、戻ってくる。

ストリングスの響きが、やさしく夜に溶けていく。

『果てなき夜を』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、力を出しきったのに、望んだ結果をつかめなかった人だ。

『果てなき夜を』は、悔しさを、ごまかさずに燃やす歌だ。

静かに始まった夜に、バンドが、ストリングスが、次々と駆けつけてくる。集まった音が、稲葉浩志の歌声を、高く押し上げる。

ひとりで起こした火を、やがて、仲間と囲む。別れたあとも、そのぬくもりは、それぞれの胸の内に残る。

負けた日のことを、まだ笑い話にできない人ほど、この曲の火に、手をかざしてほしい。

「激しい雨の匂い また恋しくなってくる」。去年の野外フェス、全身びしょ濡れだったけど最高でした☔️ 今年は快晴だったのに、なぜかちょっと物足りなかったです(笑)😂
イカミミちゃん
イカミミちゃん

【安心している】×『Beautiful Soldier』

力強いドラムと、脈打つようなベースが、ゆったりとしたテンポを刻む。その上を、やさしいピアノと、穏やかなギターの音が、ふわりと吹き抜けていく。

ぎゅっと握りしめていた手が、ふっとゆるむ。そんな爽やかな風の吹く、ミドルテンポのバラードだ。その風に乗って、稲葉浩志の歌声が運ばれてくる。

この曲は、シングル『RIZAN』の最後、3曲目に収められている。長さは4分37秒。作詞と作曲は稲葉浩志。

ピアノはサム・ポマンティ、ギターはDuran。そしてベースの徳永暁人は、自身のXで、この曲では「歌詞のストーリーをイメージしながら」、「珍しく」メロディアスなベースソロを弾いたと明かしている。

2024年のソロツアー「enⅣ」の終演後、客出しの時間に流れていたのが、この曲だ。ライブを終えて、それぞれの日常へ帰っていく人たちを、静かに見送っていた。

タイトルのSoldierは、兵士。けれど、歌の舞台は、戦場でもスタジアムでもない。荒れた手で働き、誰かのために我慢を重ねていく、毎日の暮らしだ。

勲章も、拍手も、そこにはない。それでも、逃げ出さずに戦い続けてきた人がいる。そんな名もない兵士に、稲葉浩志は「Beautiful」という言葉を添えている。

その人が、ある日、コンビニの前で、とうとう足を止める。

ひとりで頑張ってきた道のど真ん中で、抱きしめてくれる

Aメロでは、軽やかに流れるサウンドのなかで、ベースの重みのある音が響く。その重さが、これから歌われる物語を、遠い誰かの話ではなく、自分の毎日と地続きのものにしていく。

稲葉浩志の歌声が、行き詰まったひとりの姿を、すぐ目の前にいるかのように、くっきりと描き出す。

歌は、「もうこれ以上打つ手がない」という一言から始まる。やれることは、やりつくした。残ったのは、誰に向けるでもない「なぜ」だけだ。

続くのは、「悪いことなどそんなにしてないはずなのに」。「そんなに」「はず」と言葉を添えて、自分を正しいとは言い切らない。

小さな失敗くらいは、あったかもしれない。そう認めたうえで、なお、ここまで追い詰められる理由がわからない。その戸惑いに、この人の誠実さがにじむ。

ムキになって生きてくほどに迷い
追い詰められてコンビニの前で
立ち尽くしてひとり
涙も忘れ

「ムキになって生きてくほどに迷い」。投げ出したくない、負けたくない。

意地を張って、ひとつも手を抜かずに走ってきた。その真剣さが、いつのまにか、行き先を見えなくさせている。

立ち尽くしているのは、コンビニの前だ。誰もが何気なく通り過ぎていく場所で、ひとり、動けなくなっている。

そして、「涙も忘れ」。泣くことさえ後まわしにして、ここまで来たのだろう。

サビに入ると、歌声に少し熱がこもる。美しいメロディが、聴く人を、立ち止まったその人の隣へと連れていく。

「願い」と歌う声を、もうひとつの「願い」が、コーラスで追いかける。ふたつの声が、その切実さを、胸の奥にそっと響かせる。

誰でもかまわない
荒れたこの手を握って
願い 願い 夢見ている
欲を言えば 今まで
よく頑張ったよねなんて
にこり微笑まれたら
泣いてもいいよね
Beautiful Soldier

「誰でもかまわない」。ずっとひとりで踏ん張ってきた人の口から、はじめて、こんな言葉がこぼれる。

握ってほしいのは、「荒れたこの手」だ。休まずに働き、誰かのために我慢を重ねてきた手。その手を握ってもらうことは、積み重ねてきた日々ごと、受けとめてもらうことでもある。

手を握ってもらう。それだけのことを、この人は「願い 願い」とくり返し、「夢見ている」。そんなささやかなことが、いまは、夢になってしまっている。

「欲を言えば」と、もうひとつだけ付け加える。「よく頑張ったよね」と、にこりと微笑みかけてもらえたら。

たったそれだけを、「欲」と呼んでしまう。それほどまでに、自分の気持ちを、ずっと押し込めてきたのだ。

「泣いてもいいよね」。泣くことにさえ、誰かの許しを求めている。その遠慮が、胸にしみる。

いちばん弱さがこぼれたその瞬間に、歌は、「Beautiful Soldier」と呼びかける。

2番に入ると、音数がぐっと減る。パーカッションとドラム、ベース、コーラス、そして歌声。最小限の音のなかで、主人公は、自分の内側と向き合う。

「犠牲になってるの?」「わがままなだけなの?」。誰かのために耐えてきたはずの日々が、ただの意地だったのではないかと、揺らぎはじめる。答えは、出ない。

それでも、「胸は張っていたい」。答えが出なくても、これまでの毎日を、うつむいたまま終わらせたくはない。

ここから、バンドの音がふたたび鳴りはじめる。ギターが、その想いに応えるように、歌うようなフレーズを重ねていく。主人公は、迷いを抱えたまま、もう一度、一歩を踏み出す。

「みな幸せ目指して」、日々繰り返す「この戦い」。すれ違う誰もが、それぞれの場所で、同じように戦っている。

「I know」。芯のある歌声が響きわたり、2番のサビへ入っていく。

2番のサビで、願いは「震える肩に触って」に変わる。言葉では強がっていても、肩はもう、こらえてきたものを隠しきれずに震えている。

「いいでしょ いいでしょ そのくらい」。ほんの少しのことだと、自分でもわかっている。わかっているからこそ、この小さな願いだけは、どうしても手放せない。

そして、「できるならあの人に」。本当は、誰でもいいわけではなかった。ずっと、思い浮かべている人がいる。

「もう大丈夫だから」。これまで何度も、自分が誰かにかけてきた言葉なのだろう。その言葉を、今度は、あの人からかけてもらいたい。

コートでも、肩にかけてもらえたら。泣いていいかとたずねる前に、涙のほうが、先にこぼれてしまいそうだ。

2番のサビの終わり、「Beautiful Soldier」の歌声から、徳永暁人のベースソロへつながっていく。ピアノとギターの音色と絡みあいながら、メロディアスなフレーズが奏でられる。

ベースにしか出せない響きが、まだ夢のままの願いを、なぞっていく。

サビで願った、あの場面。それを、胸の中でもう一度思い描いているような、儚くて、やさしい旋律だ。

言葉になる手前の想いを、ベースが、代わりに歌っているようだ。

ブリッジでも、サウンドはもう一度、絞りこまれる。残るのは、わずかな音とリズムだ。

気がつけば空はもうそっけないオレンジ
素敵なニュースもきっとあるんだろ

「気がつけば」、空は、もうオレンジに染まっている。どれくらいの時間、コンビニの前で立ち尽くしていたのだろう。

ふと見上げた夕焼けは、「そっけない」。いつもどおりに暮れていくだけで、震える肩を、温めてはくれない。

そのとき、ぽつりとこぼれるのが、「素敵なニュースもきっとあるんだろ」。

大きな奇跡を願っているわけではない。どこかで、ちょっとうれしい知らせが待っているかもしれない。それくらいの、ほのかな期待だ。

語尾は、ぶっきらぼうな「だろ」。半分は、自分への言い聞かせだ。けれど、今日をしのぐことで精一杯だった主人公が、ここで、明日の話をしている。

「きっとあるんだろ」と歌う声が、少しずつ力強さを増していく。それに応えるように、バンドの音も高まっていく。

自分に言い聞かせていた言葉が、声に押されるように、本当に信じられるものへと変わっていく。

そして、「Oh」という勢いのあるシャウト。その流れのまま、ラストサビへ入っていく。

ラストサビでは、「耳元で囁いて」。触れてほしい場所が、手から肩へ、そして耳元へ。少しずつ、心のそばへ近づいていく。

囁いてほしいのは、「もういいんだよ」のひと言だ。

歌い出しで、「もうこれ以上打つ手がない」と立ち尽くしていた。その人が本当に欲しかったのは、次の一手ではない。もう頑張らなくていい、という許しだ。

できるならあの人に
この道のど真ん中で
抱きしめられたりしたら
すべて変わるかな
Beautiful Soldier

抱きしめられたいのは、「この道のど真ん中」だ。こっそり慰められたいわけではない。胸を張って歩いてきたその場所で、弱さも涙も、隠さずにいたいのだ。

そして、「すべて変わるかな」。まだ、問いのままだ。けれど、主人公の目は、涙の向こう側を見ている。

曲の終わりに、「Beautiful Soldier」と、何度も歌われる。くり返されるたびに、その呼びかけは、主人公だけでなく、聴いている人にも向けられていく。

迷いながら、涙もこらえて、胸を張ろうとしてきた人。その姿そのものを、この曲は「Beautiful」と呼んでいる。

やがて、その声に包まれるようにして、曲は、ゆっくりと終わっていく。

『Beautiful Soldier』レビューまとめ

この曲が深く響くのは、ひとりで持ち場を守り続けながら、「よく頑張ったよね」のひと言を、心のどこかで待っている人だ。

『Beautiful Soldier』は、張りつめてきた心を、やわらかくほどいてくれる歌だ。

爽やかな風のようなサウンドに乗って、稲葉浩志の歌声が、コンビニの前で立ち尽くすひとりの隣へと、まっすぐに歩み寄っていく。

「誰でもかまわない」と願う人のもとに、この曲が、その「誰か」として届く。そして、その人が本当に願っている「あの人」への想いまで、そっとすくいあげてくれる。

握りしめてきた手を、少しだけゆるめたくなった日に、この曲の「Beautiful Soldier」という呼びかけに、耳をすませてほしい。

ビズくん
ビズくん
「誰でもかまわない 荒れたこの手を握って」……って思ってたら、実家の犬がずっと手をなめてくれました🐶 荒れた手、ちょっとしっとりしました✨️

※本記事において引用している歌詞は、すべて稲葉浩志の楽曲『RIZAN』からの一部抜粋です。著作権は各著作権者に帰属しており、当サイトは正当な引用のもとでこれを掲載しています。著作権に配慮して歌詞全文の掲載は行っておりません。