六つの夜と、”完璧”の裏側にあったもの

立方体には、六つの面がある。

2024年6月、Zepp Haneda。稲葉浩志のソロキャリア27年を、6枚のアルバムに分けて歌った6日間。その六つの夜をひとつの箱に収めたのが、この『COMPLETE CUBE』だ。

ひと晩ごとに違う顔を見せる六つの面と、そのすべてを内側から照らす、7枚目のドキュメンタリー。この箱を開けると、ひとりの歌い手が歩いてきた27年を、まるごと受け取るこことができる。

この人の音楽を聴き続けてきてよかった——観終えたとき、素直にそう思えた。この記事では、このボックスの全貌を、6夜の記録と特典ドキュメンタリーの感想とともにレビューしていく。

Release:2025.09.24

メンバー
ドラム:シェーン・ガラース
ベース:徳永暁人
ギター:Duran
キーボード:サム・ポマンティ

ツアースケジュール:2024年
2024年6月にZepp Haneda(TOKYO)で6日間にわたり開催された、同一会場で連続上演するレジデンシー形式の公演『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp〜』

各公演日が、ひとつのソロ・アルバムを“テーマ”に据え、そのアルバムを軸とした選曲で構成されている。

6.8(土)『マグマ』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 1〜

6.9(日)『志庵』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 2〜

6.11(火)『Peace Of Mind』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 3〜

6.13(木)『Hadou』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 4〜

6.15(土)『Singing Bird』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 5〜

6.16(日)『只者』
Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 6〜

※本記事では、稲葉浩志のライブDVD/Blu-ray『Koshi Inaba LIVE 2024 〜COMPLETE CUBE〜』について、各楽曲の歌詞の一部を引用しながら、映像(カメラワーク・編集・照明・ステージング等)の表現やメッセージも考察します。引用にあたっては、著作権法第32条に基づき、正当な範囲での引用を行っております。演出の核心に触れる詳細な記述は避け、体験の質に焦点を当てて紹介しています。

『COMPLETE CUBE』とは——収録内容と特典

『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp〜 COMPLETE CUBE』は、2024年6月にZepp Haneda(TOKYO)で行われた6日間のレジデンシー公演をすべて収めた、完全受注生産限定のBlu-ray/DVDボックスだ(2025年9月24日発売)。

この公演の最大の特徴は、一夜ごとにソロアルバム一枚をコンセプトに据えたという企画にある。1st『マグマ』から最新作『只者』まで、6枚のアルバムがそれぞれの夜の主役となり、毎晩まったく異なるセットリストが組まれた。いわば、6日間かけて演奏された「ソロ27年のオールタイムベスト」だ。

  • 収録: en-Zepp 1〜6(全6公演)+DOCUMENTARY DISC の7枚組
  • 特典映像: 『DOCUMENTARY ~Surviving en-Zepp~』(117分)——リハーサル初日から最終夜までの舞台裏を記録
  • 封入特典: PHOTO BOOK(100ページ)/LYRICS BOOK/只者ノート&メタルペンシル/COMPLETE CUBE STAND

完全受注生産のため、現在は公式ルートでの新品入手が難しく、中古市場やフリマアプリが主な入手経路になっている。探している人は、在庫を見つけたときが買いどきだ。

ここからは、六つの夜をひと晩ずつ振り返っていく。各公演の全曲レビューは個別記事に書いたので、深く知りたい夜があれば、そちらもあわせて読んでほしい。

『マグマ』(Day1 2024.6.8)——立ち止まったままの心に、もう一度火を

初日の主役は、1997年の1stソロアルバム『マグマ』。ソロ稲葉浩志の原点であり、内に溜め込んだ熱をそのまま音にしたようなアルバムだ。

この夜の映像がすごいのは、27年前の楽曲が「懐かしさ」ではなく「現在の熱」として鳴っていることだ。観ているあいだ、心のどこかが、ぽっと熱を帯びてくる。

忘れていた内側のマグマが、静かに動き出す感覚。派手に煽られるのではなく、気がつけば「もう一歩進もう」という想いが身体の中に灯っている。そういう始まり方をする6日間の、これ以上ない一夜目だった。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 1〜』全曲レビュー

ビズくん
ビズくん
俺の中の火なんてとっくに消えたと思ってたのに、観終わったら普通に燃えてたわ!🔥

『志庵』(Day2 2024.6.9)——大人になった今だから刺さる、いまの”志庵”

二夜目は、2002年の2ndアルバム『志庵』。リリースから20年以上を経たこのアルバムを、2024年の稲葉浩志の声で聴くという体験は、ただの再演とはまったく違うものだった。

若さの勢いで駆け抜けるのではなく、積み重ねてきた現実や、迷いや、後悔まで抱えたうえで、それでも「いま」を選び続ける強さ。成熟した声がそれを歌うとき、20年前の楽曲に新しい意味が宿っていく。

過去を懐かしむための映像ではない。いまの自分と静かに向き合わせてくれる、そういう一夜だ。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 2〜』全曲レビュー

昔の服を久しぶりに着てみたら、昔よりしっくりきちゃった、みたいな夜かな✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

『Peace Of Mind』(Day3 2024.6.11)——頑張りすぎた心を、静かにほどいていく

三夜目の主役は、2004年の3rdアルバム『Peace Of Mind』。

この夜の映像は、気持ちを奮い立たせたり、前向きな結論へ導いたりしない。迷いも、割り切れない感情も、そのまま置いておいていい。

そう言ってくれるような時間が、ゆったりと流れていく。頑張りすぎた週の終わりに、何度でも再生したくなる。

こういう夜が、6日間のちょうど真ん中にあるのがいい。ここでひと息つけるから、残りの夜にもまた向かっていける。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 3〜』全曲レビュー

ビズくん
ビズくん
この夜だけはソファに沈んで観てほしい。心のコリがほぐれるから!

『Hadou』(Day4 2024.6.13)——傷もぬくもりも抱えた、感情の波動

四夜目は2010年の4thアルバム『Hadou』。傷ついたあとに、もう一度信じてみたくなる気持ち。迷いながらも前へ進もうとする意志。この夜は、そういう揺れ続ける感情が、体温のあるものとして客席へ届いていく。

高揚だけでも、内省だけでもない。その両方のあいだを行き来しながら、観ている側の心の迷いや願いにまで、そっと輪郭を与えてくれる。

観終えたあとに残る余韻の深さでいえば、6夜のなかでも屈指の一枚だ。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 4〜』全曲レビュー

この夜はね、気持ちがブランコみたい。ぐんっと高く上がってドキドキしたと思ったら、ふわっと静かに戻ってきて。その行ったり来たりが、だんだん心地よくなってくるんだよね✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

『Singing Bird』(Day5 2024.6.15)——「ちゃんと生きよう」という、単純で強い衝動

五夜目の主役は、孤独や自由、愛や命といった”生きること”そのものと向き合った2014年の5thアルバム『Singing Bird』。

この夜の感想を正直に言えば、まず「かっこよかった」に尽きる。

弱さを責めない曲たちが、段階を踏むように少しずつ背中を押してくれて、観終わる頃には「ちゃんと生きよう」という単純で強い衝動だけが残っている。

遅いかどうかを決めるのは年齢ではなく、目の前に光っている”今”に手を伸ばすかどうか。そう問いかけてくる一夜だ。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 5〜』全曲レビュー

ビズくん
ビズくん
どんな小さなことでもいい。そういう一歩を踏み出させる力が、この夜には確かにあるんだって✨️

『只者』(Day6 2024.6.16)——”何者でもない毎日”に、今日を生きる力を

最終夜は、最新アルバム2024年の6thアルバム『只者』。6日間の締めくくりでありながら、この夜は派手さよりも風通しの良さが印象に残る。

新曲から27年分の名曲までが並ぶなかで、歌われているのは、電話のケンカや、記念写真や、文句だらけの一日といった、どこにでもある日常の風景だ。

完璧な準備が整う日を待つのではなく、いま手元にある今日を大切にする。観終わったあと、晩ごはんや隣にいる人が、ほんの少しだけありがたく見えてくる。

オールタイムベストの最後が『只者』で終わることの意味を、じんわりと噛みしめる一夜だった。

▶ 全曲レビュー: 稲葉浩志『Koshi Inaba LIVE 2024 〜en-Zepp 6〜』全曲レビュー

6日間の最後が、いちばん”ふつうの毎日”の話なのがいいんだよね。旅行の最終日に食べる、いつもの家のごはんっていうか。ああ、わたしの毎日もそんなに悪くないかもって思えたよ✨️
イカミミちゃん
イカミミちゃん

特典映像『DOCUMENTARY ~Surviving en-Zepp~』レビュー

いつも観ていた景色の、反対側に立つ。

この117分は、ステージ後方からの映像で幕を開ける。スポットライトを受け、客席へ向かって語りかける稲葉浩志。

演奏が始まり、会場に明かりが灯った瞬間、歌い手の目に映っていた景色が、こちらの目にも流れ込んでくる。客席から見上げていたステージが、反転する。冒頭のほんの数分で、これがただのメイキング映像ではないことを思い知らされる。

そして記録は、2024年3月の会議室へと巻き戻る。デスクに広げられた資料。ホワイトボードに並んでいく、曲名の書かれた白いマグネット。ここから約3か月、リハーサル初日からZepp Haneda最終夜まで、6日間で60曲以上という無謀ともいえる挑戦の裏側が、丁寧に記録されていく。

このドキュメンタリーがまず教えてくれるのは、ステージの上の「完璧」が、才能というひと言では説明できないということだ。

吸入器で喉を潤し、終演後は氷で喉を冷やし、苦手だと言いながら漢方を口にする。ボイトレをして、怪我をしないための身体をつくる。画面に映るのは、華やかさとは程遠い、地味で誠実な工程の積み重ねだ。

「コードが覚えられない」とつぶやく姿も、床いっぱいに譜面を広げるメンバーの姿も、ここにはそのまま収められている。ステージを観て「すごい」と感じていたものの正体を、こんなにも具体的に見せられると、もう「才能」というひと言で片づけることはできなくなる。

そして、本編6公演を観た人へのご褒美のような瞬間が、いくつも仕掛けられている。リハーサル中の、ほんの数十秒の何気ない歌のやりとり。それが数日後、本番のステージで客席の歓声を巻き起こす演出になっていく。

本編で稲葉さんが歌いながら思わず笑ってしまう、あの場面。「そういうことだったのか」という答え合わせが、この117分には散りばめられている。観終わったあと、6枚のディスクをもう一度最初から観たくなるはずだ。

なにより胸に残るのは、この現場に流れている空気の温かさだ。失敗に落ち込むシェーンの肩を、そっと叩く徳永暁人。終演後、楽屋に戻ってきた稲葉浩志を迎える拍手。

休みなく続く日々のなかで、メンバーとスタッフを気遣うことば。そして毎公演前、全員で組む円陣と「1,2,3,4,en!」の掛け声。緊張と隣り合わせの現場が、これほど幸福な空気に包まれていたのかと、観ているこちらまで嬉しくなってしまう。

リハーサル最終日、あるメンバーが見た夢の話が語られる場面がある。なぜこの映像に “Surviving” ——生き延びる、という題が付けられたのか。その意味は、ぜひ自分の目で確かめてほしい。

『DOCUMENTARY ~Surviving en-Zepp~』レビューまとめ

約2時間、一本の映画を観終えたような余韻が残る。

会議室の資料から始まった小さな熱が、リハーサルスタジオを経て、Zepp Hanedaの歓声にたどり着くまで。その道のりを知ってしまうと、本編6公演の一音一音が、昨日までとは違って聴こえてくる。

このディスクは6枚の映像の「おまけ」ではなく、6枚すべての価値を更新してしまう、7枚目の本編だ。

音楽が続いていくことは、当たり前ではない。積み重ねと、ケアと、支え合いによって、かろうじて生き延びるように続いている。それでも「ただ楽しむ」と笑うひとの姿が、ここには映っている。観終わったあと、自分の明日の過ごし方まで、少しだけ変えたくなる映像だった。

この117分は間違いなく観るべき映像だ。そしてこのドキュメンタリーは、COMPLETE CUBEでしか観ることができない。ステージの反対側で流れていた3か月を、ぜひその目で確かめてほしい。

ビズくん
ビズくん
すいません!稲葉さんって、生まれつき完璧な人なんだと思ってました!『才能っていいよなあ』とか言ってた自分が恥ずかしい😭

『COMPLETE CUBE』を通して感じたこと

六つの面を順番に眺めてきて、最後にドキュメンタリーで箱の内側を覗いたとき、ようやくこの立方体の正体がわかった気がした。

『マグマ』の熱も、『志庵』の成熟も、『Peace Of Mind』の安らぎも、『Hadou』の揺らぎも、『Singing Bird』の祈りも、『只者』の日常も。六つの面は、それぞれ別の夜だ。けれどそこに流れているのは、ひとりの人間がソロ27年をかけて歩いてきた、地続きの時間だった。

サイコロのどの目が出ても、それは同じひとつの立方体であるように、どの夜を観ても、その奥にいるのは、迷いながら歌い続けてきた同じひとりの人だった。

そしてドキュメンタリーが教えてくれたのは、この六つの面が、日々の地道な積み重ねと、支え合う人たちの手によって、かろうじて磨き上げられていたということ。歌い続けるということは、生き延び続けるということだ。その道のりをこうして一箱で受け取れることを、いちファンとして、心から誇りに思う。

もしあなたが、稲葉浩志のソロの歴史をまるごと味わいたいなら。あるいは、毎日をなんとか生き延びている自分に、音楽の力を貸してほしいなら。この立方体は、その手に置くだけの価値がある。

六つの夜と、その内側で流れていた時間を、ぜひ音と映像で確かめてほしい。

※本記事の記述は、稲葉浩志のライブDVD/Blu-ray『Koshi Inaba LIVE 2024 〜COMPLETE CUBE〜』の収録映像に基づく参照・必要最小限の引用を含みます。引用は日本国著作権法第32条に基づき、出典を明示した正当な範囲で行います。著作権は各権利者に帰属します。なお、著作権保護の観点から歌詞の全文掲載や大量抜粋、映像の静止画キャプチャ(スクリーンショット)・画像化の掲載は一切行いません。